渡る世間は
6月4日
「ここは…少し人目に付きそうではあるが、街中でもないし大丈夫か…?」
昨日お巡りさんのお世話になってから、過敏になっている。あの人が言っていたように、やはりテントを見ると通報する人がいるのだろうか…。
ポジションを決めて、地面にメグを打ち込む。
1本、2本、3本…と差し掛かった時、ジョギング中のおじさんと目があった。
マズい。話しかけるな。
「あのー、ここで寝るんですか?」
ヤバイ、終わった。
「はい…、野宿です。」
観念して正直に答えると、帰って来たのは拍手だった。
「スゴい! どっから来たの? 何日め? その服イケてるね!」
どうやら私のファンだったようだ。
せっかくなので、クッカーで晩飯を作る間話すことにした。目が丸くて、ほがらかな、おじさん。
「僕今日はね、仕事サボって散歩に来ちゃったんだよね。仕事もさ、来年になったら年金もらえるから、やめようと思って。
奥さんとも離婚しちゃってさ、今ゆうゆうとしてるよ。」
なるほど。この人はたしかに、テントを咎めるような人種ではないのだろう。
「まぁ、離婚といっても書類上の形だけでさ。たまに会ったりして仲はいいんだけど。俺は田舎暮らし、彼女は都会暮らしで、別居してる今の状態がいいと思ったんだわ。」
「決まった形にとらわれてなくて、いいじゃないですか。」
「そうそう。仕事にしても今はさ、とにかく大学行って、学力上げて、いい会社行けばそれでいい、って世の中じゃないよね。」
うんうんとおじさんは頷いた。
「俺さ、若い頃サンフランシスコ行きたかったの。絶対行くぞー!って覚悟を決めるためにヒゲを伸ばしてたんだけどさ。そんな時に奥さんと出逢っちゃって。気付けば結婚してて。
んまぁ、サンフランシスコは行かなくてよかったと思うけどさ、若い時にもっとあれやっとけばなーって思うことはよくあるよ。んだからさ、兄ちゃんも好きなことやってみて。カッコいい服着てんだから。」
と、おじさんは去っていってしまった。
服を褒められたこともそうだが、何より私を否定せず認めてくれる人がいることに、感動した。思えば、昨日(姉の金で)宿泊したカッパ王国でも、従業員に応援してもらった。今日の道中でも、何度か声援をいただいた。
前々から応援してくれる人はいたのだ。昨日のことを気にしすぎて、世の中敵だけだと思ってしまっていた。
それにしても、こうして外でクッカーを使える季節になったことがうれしい。土浦でいただいたレトルトカレーは、美味しかった。
その後。
テントに入り、執筆でもするか…とパソコンを開いたとき。
「すみませーん。」
ヤバイ。誰だ。
「すみませーん警察ですけどー。」
ああ、今度こそ終わった。
「すみません身分証明できる物、免許証でいいですかっ。」
観念してテントから出ると、宮城県警の男女二人が立っていた。終わった。
「すみませんねー、お忙しいところ。この辺りであんまりテントって見かけないので、声をかけさせていただきました。どちらからいらしたんですか?」
「神奈川から…。」
「遠いですね! 何ヶ月もずっと?」
「コロナで中断もしてましたが…。」
「そうですか、では、気を付けて旅をしてくださいね。」
…おっ?
「このあたりはクマは出ませんが、イノシシが出たって報告があるので、注意してくださいね。」
おおっ?
「では、ありがとうございましたー。」
「…ありがとうございました……。」
世の中、やはり鬼が居れば仏も居るのだ。