前進的撤退
「忍者ですか?」「忍者みたいですねぇ」
「忍者みたいな恰好して」「忍者の方ですか?」
「忍者、」「忍者忍者」………
「…どちらかといえば、サムライでしょうかね。」
…なんて苦笑いしながらの問答を、もう幾何回繰り返しただろうか。
たしかに、私の衣装は基本的には居合道用の道着だが、ロケットⅢのマフラーに裾が触れないために乗馬用のゲートルでくるぶしあたりを絞っている。
そのシルエットは、たしかに忍者に見える。だが、こうも言われるとさすがに考えさせられてくる。
「思えば九十九里の漁師さんぐらいだったな、武士って言ってくれたの…。よし、」
実は兼ねてから、用を足す時とか、中国武術のタッキャク(蹴り技)を繰り出すときの不便さなどから、このユニフォームは改定すべきだと考えていたのだ。
というわけで、新装備。
袴の代わりに、カンフーでよく使われるチャイナ服のボトムスを着用。代償として失われてしまうヒラヒラを、長羽織を羽織ることで補完。我ながら上手くハマッた。どう? どうだろうか?
自撮りをしていると、おじさんが近づいてきた。さてその評価は
「忍者みたいな人がいるなーって思ってたんですよー。」
「…。」
栃木に入ったあたりで発注しておいたこの二品を、福島の実家にて受け取る。この用事が済んだ時点で、旅を再開する予定だった。
のだが…。
「東京で〇人が感染―」「イタリアの死者が—」「米国で命の選択が——」
連日報道されるコロナウイルスの悲惨な状況。外出を控える呼びかけと、それを聞く人々。
思えば、世界中の各国、全ての人々が同じ問題に取り組むというのも、珍しい話である。まぁ、この事態が収束したところで、どうせ”どの国が悪いんだ”などと言い合うのだから団結などはないのだろうが。
…それでもやはり、こんな中私だけ旅をするというのも、示しがつかないというものだろう。
誠に気が揉む決断であるが、4月末まで実家で様子見をすることにした。
寄稿をさせていただいているEIGHTH様にも了解をいただき、家族にもその旨を伝える。居候になってしまって申し訳ない次第である。
しかしまぁ、感染リスクを回避する以外にも、ここで旅を中断するべき理由は幾つかあった。
鼻炎だとか、肩の痛みだとかも医者に聞けば様子をみるべきらしいし、一ヶ月旅をした経験をもとに、装備の取捨選択もしたい。
実際、資金繰りの面でも1ヶ月ほど間を置いた方がよかった。安倍政権の言う”非課税世帯が対象”の支援金とかいう、訳わからんものがどうなるかも一応見ておきたい。
桜を追いつつ北上できないのは残念だが、梅雨がないと聞く北海道で6月を過ごせるのはメリットになる。考えれば考えるほど、今ここを出るべきではないという結論に考えがまとまっていった。
それにしても、コロナウイルス。いよいよ腹立たしくなってきた。
人々の叡智を見られる博物館の閉鎖にあきたらず、我が旅まで中断させて。福島での楽しみとしていた、旧友との食事もおじゃんにしやがって。
この憎たらしい微細生物に、絶対に負けるわけにはいかない。