願わくばこの一枚
3月27日
昨日、もう寒いのは御免だと日光を一気に下り、寝床を探して大田原市に入った際、
「那須与一の町 大田原市」
と掲げた看板を目にした。
「ああ…那須与一の那須って、この地域のことだったんだ。なぜ今まで気づかなかったのだろう。」
屋島の戦いで、源義経の命により余興として掲げられた平家の船上の扇を、一矢で射抜いたという伝説を持つ那須与一。
歴史マニアでなくても、古文かなんかの授業で知っている人はいるのではないだろうか。
私もマニアではないのだが、昔ゲームなどで知った那須与一のそのスナイパーっぷりには憧れていたこともあり。一夜明かして、『道の駅
那須与一の郷』へ足を運んでみた。
そうそう、海の波に馬を沈ませて、矢を射ったんだよね。
道の駅に併設された『与一伝承館』は例の如くコロナで閉鎖中だったのだが、その入り口付近にいたおばちゃんに
「道中で桜は見れた? この裏に那須神社って言うのがあってね、しだれはまだだけど、桜が見ごろだろうから。ぜひ見て行って! 何百年も前から変わらないでいる神社だから。」
と有力な情報を得る。さっそく参道入り口へ回ってみると。
おお…これはまた立派な参道で。
100、200m?は余裕で超える参道を、深緑が覆っている。とても隣に道の駅があるとは思えない静けさだ。
ふと鳥居の奥を見据えてみると、白い花びらがチラチラと見えている。
あれが見ごろの桜か。よし、じゃあさっそく近くまで………ん、いや待てよ。
この直線状のロケーション。これはあれではないか。望遠レンズの出番ではないか?
ずっと持ち歩いているのだが、換装の面倒さと、なかなか映えるロケーションが見当たらないことから使ってなかった望遠レンズ。
今なら人もいないし、ゆっくり腰を据えて構えてみてもいいだろう。
バックパックのサイドポケットから望遠レンズを取り出し、換装する。
普段の汎用的なレンズでは見ることがない、拡大された映像がミラーレスの液晶に映し出される。
「なるべくズームしたほうが圧縮効果が際立つんだったよな…。」
レンズを最大限にズームすると、奥の鳥居の色と、桜の花弁の一つ一つが見分けられるほど映像が拡大される。
が、その代わりに少しでも指を動かせば、映像が瞬く間に傾いてしまう。
ミニ三脚を使えばいいのだが、取り出すのがめんどいし。なにより。
ここは那須与一ゆかりの神社だぞ? ここで、一矢、狙い打たなくてどーする。
腰を据えて、肘を膝に乗せ。息を殺しながら、わずかな手の揺れのなかで、鳥居の横っ柱が水平をとる瞬間に全神経を注ぐ。
願わくばあの桜と鳥居、この一枚に収めさせたまへ。
…
……カシッ
「うーん…撮るには撮れたけど。ここの荘厳な感じを表現できてないなぁ。」
やっぱ、私に飛び道具はダメなようです、与一殿。
八幡様を祀る那須神社は、中世・近世を通して那須氏、大関氏の氏神として祀られてきた八幡宮。
現在の社殿は1641年に黒羽藩主・大関高増さんによって建てられたものだそう。さすがに塗装の剥落や褪色は進んでいるものの、柱や虹梁にある繋文様の彩色や金箔はいずれも当時のものだという。おばさんの言ってたとおりだ。
与一が、屋島で扇を射落とせた感謝としてここに奉納した「太刀 銘 弘綱」が社宝とされていること、秋には流鏑馬が行われていることが、与一と縁のある点だろうか。
普段はケチくさってお賽銭は納めないでいるが、今回は入れさせてもらった。
狙い打つが如く。撮影技術が上がりますように。