解凍
「ああ…香取にある昔の街並みも見たかったな…。」
「そういえば、チバニアンお勧めされたのに、行けなかったな。」
道の駅『季楽里あさひ』にて、ハイウェイマップを手に取ってここ一週間を思い返す。
思えば、雨で思うように動けなかった。少し、悔いが残る形となってしまった。
雨の中。テントの中に座り、虚を見つめている。
安売りで買ってきた弁当は目の前にあるのに、食べる気が起きない。
何かして、この雨の日の時間を潰したいが、何もする気が起きない。
いや、何もする気が起きないのではない。しなくていい、と思っていた。
—雨粒が規則的とも、不規則的ともいえるテンポで天幕を叩き、音を鳴らす。
—ときたま風が音を立て、シートを揺らし影を躍らせる。
私は、この状況を楽しんでいるのだ。ただ一人。誰の干渉も受けず。ただ、ただ、自然を感じている。
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3月15日
「さて…この橋を渡れば……。」
茨城だ。
銚子大橋。千葉と茨城の県境。
インカムで『NNRブレイクダウン~サニーに捧ぐ~』を聴きながら、立ち乗りで利根川を渡った。
寒い。
天気は非常に良好なのだが、昨日の冬に逆戻りした寒気が残っているのか。脚が固まり、指の感覚が奪われてゆく。まさに身を切る、といった感覚だ。
普段ならどこかで一服いれるところだが、今回はただ、ひた走り続けた。走り続けたい理由があった。
100㎞以上走っただろうか。
場所は、『国営ひたち海浜公園』近く。
LINEでメッセージを送る。「つきました。」
ほどなくして、目の前の民家から。短髪に細い目、私より背の高い若者がのらりと出てくる。
「なんかうるせぇ音がすると思ったんだよ。」
そう、茨城では、友人が待っていたのだ。
我が友人、あだ名を「シジミン」。
家の敷地へロケットⅢを停めさせていただくと、彼の父が、母が、そして祖母、その妹さんがたまたま居合わせたりして。
「どこから来たの?」「何してるの?」「なぜその恰好なの?」「何㏄なの?」などなど
いろいろと尋ねられて、お話をさせていただいたが。
最後には「ゆっくりしていきなさい」と、言っていただいた。
到着して早々、お母さんにお昼や飲み物を提供していただき、少々たじろいでしまう。
こんな施しを賜っていいのか? いくら息子さんの友人とはいえ、見ず知らずの私を、ここまで…。
「客人なんだからゆっくりしてろよ。」
そう考え込んでいるうちに、私の布団を用意していただいたり、荷物を入れていただいたり。
ああ、ヤバイ。たかだかまだ2週間ばかしだが、独りぼっちでぶらぶらしていた私には処理の追い付かない展開。
凍てつき始めていた心が、忙しなく、毛布でしわくちゃにくるまれるように。
温もりを与えられ、溶かされているのを感じた。