大河のまちへ
「Very sorry bro…」
「No,no! I’m sorry too!」
スモークハウスのマネージャー、ディープと握手して別れる。
というのも、やはり夜間シフトの両立は厳しく、週に僅かしか入れないのであれば、雇うことができないと説明されたのだ。
こう、文章にまとめてみると冷たい雰囲気だが、実際はオーナーに”給与を上げたり、シフトを増やしてやってくれ”と進言してくれていたらしいが、上手くいかず、その結果、より良い仕事を選ぶのであれば、仕方のないことだ、と謝られながら解雇された。
…という感じだと思う。相変わらず全て理解できたわけではないが。
「来月にはあなたが通ってるボクシングジム行くよ」とボウにも挨拶し、私としては珍しく後腐れなく袂を分かつ。
…とすると、いよいよもって昼の仕事も探さねばならなくなる。ヤマゲンのシフトも、どうにも5日すべて入れそうではなさげな雰囲気だし。
同じ夜の仕事だから、上手くいかなかったのだ。昼なら、もしシフトの日がかぶってもなんとかなる。
昼…というと、前に受けたバリスタレッスンが役に立ちそうである。カフェなら、数えきれないほど見かけるから、レジュメの配り甲斐がありそうだ。
よし、学校終わりに、さっそく街に繰り出すぞ…!
……と、繰り出したのだが。
どうにも、足が踏み出せない。
何故か。
自信がないのだ。
そりゃそうだ。バーテンダーの業務は、経験があったからこそ、トライアルをもらえればなんとかこなせた。
が、カフェなんて働いたことない。
「1日バリスタレッスンを受けました!」ってだけで、雇ってもらえるか?
はじめは無賃でいいから、修行させてくれと頼む…? 後々めんどうそうだ。
…やはり、何かしらの資格なり証明書がないと、話にならないだろう。
サーファーズの路地裏にあったカフェ『Stairwell Coffee』でモカを飲みながら、さっそくスマホで検索をしてみる。
言うに、バリスタの資格がなくても、業務に従事することはできるとのこと。これは、バーテンダーと同じで、なんとなく予想していたことである。
ただ同様に、きちんと飲み物を作れるのかなどの、スキルが大事とのこと。
そのスキルを磨くために、各所でバリスタスクールやコーヒーレッスンが催されているようである。
そこでレッスンを終えると、カフェが発行する受講証明書がもらえ、それを武器に人々は仕事を探す…という感じのようだ。
うーむ…。受講証明書は欲しい……が、たかだか1店舗の発行する証明書に、それほど価値はあるのだろうか? もちろん、各所きちんとしたプログラムは設けているようだが。
更に調べてみると、政府が認定するきちんとした達成証明書もあるようである。SITHFAB005というものだ。関連して、SITXFSA001なる食品衛生管理者的なものも。
………どーせ資格とるなら、そっちの方がいんじゃね?
前にお世話になったヘリンズボーンカフェ含め、2つのスクールに試しに聞いてみる。
すると、両者とも「ローカルのカフェでは、国が認定する資格なんか必要ない。それよりも技術がよく見られる。」とのこと。
うーーーーんそりゃ、嘘じゃあないんだろうけどさ…。それでも、国で有効な資格を取らない理由にはならんよな?
どうにも、スクールに勧誘するための言い訳にしか聞こえない。
よし、政府認定のスクールに行こう。200ドル。
場所は……ブリスベン。お、明日のクラスを予約できるじゃないか。
時間は………8時からか。
10月10日
4時に起床。
同じくジムトレーニングのため早朝に起床するオーナー奥さんと挨拶を交わし、パシフィックフェアへ向かう。
そこからバスに揺られ、Nerang(ニューロン)駅へ。
初めての駅である…。
トラムと違い、きちんと改札がある。無賃乗車はできないぞ。
5時48分。定刻通りに到着。
海外の電車はよく遅れると聞くので不安だったが、さすがに早朝は問題ないようだ。
いざ出発。
こちらの車両は、新幹線のように座席が進行方向を向いているスタイル。旅気分でリラックスできそうである。
景色を楽しもうと思ったが、さすが街と街の間を繋ぐ路線。のどか過ぎる景色が続き、すぐに寝た。
―1時間後―
ブリスベン到着である。
すごく都会っぽい!
ホームに降り、アナウンスが飛び交う中駅舎の中を移動。マクドナルドがある。トイレが綺麗。
改札を出て、通路を抜けると…。”初めて”を目の当たりにする、あのワクワク感が押し寄せてきた。
「おお…!」
ビル街である。
さすが、クイーンズランド州の首都。建物が高い。
道路も、立体的かつ複雑に交差していて、都会らしい。
香りも……どこか、東京を想わせるモダンな毛色である。
あとついでにバイクが多い。そしてみんな綺麗にバック駐車。なぜ
いつもはウールワースで70セントのパンを朝に食べるのだが…今日は何も食べていない。
せっかくだし近場のカフェで朝食を摂る。飯だけでよかったのだが、「コーヒー要らないの?」と言われたら頼まざるを得ない。くそう。
しかし久々に食べる卵はおいしかった。
8時。いざスクールへ。
3人の女性講師のもと、15人ほどの生徒で授業が始まる。
グラインダーやエスプレッソマシンの使い方、豆の保管、清掃の仕方、衛生に関してなどなど…。
当たり前だが、全編英語。ほぼほぼ何を言っているかなんてわからない。
が、前日にオンラインのeラーニングは終えていたので、だいたいの内容は理解できた。
いつも行っている英語学校と違って、他の生徒もほとんどは英語が話せるようす。出遅れないように、経験と勘と気合で追いつく。
もちろん、実践もさせていただける。2グループ(注ぎ口が二つ)あるエスプレッソマシンに、それぞれ二人ずつ配置されるので、順番を待ったりする必要がない。存分に練習できる。
ヘリンボーンカフェでは時間の関係上ラテだけ練習したが、マキアートやロングブラック、カプチーノなども練習できた。
こうなってくると、ヘリンボーンカフェでの250ドルはムダだったのか。と思ってしまいがちだが、そんなことはない。
同じ内容でも、日本語で教えていただけたのは大分理解するのに助かったし、エスプレッソマシンの経験も積めた。ラテアートも練習できた。
そのおかげで、
ほーら。
ほぉーーら。
他の生徒のをチラ見してみたが、多分、私が一番上手くできていたと思う。
意地の悪い性格だな、私。ふふ
コーヒーを作る黄金律など、他にも色々学んだが、そこは割愛。
基礎の部3時間と、ラテアートの部2時間。休憩を挟み、14時に終了。
無事、国認定の達成宣言を得ることができた。
終了後、USI(オーストラリアの学生識別番号)の取り方などが分からなくて困っている日本人女性をクラスで見かけたので、手助けして、代わりにブリスベンの情報をいただく。
「ブリスベンは、街だけど、ゴールドコーストほど観光地がないから、意外と落ち着いてますよ~。」
とのこと。
海は遠いが、河沿いの景観はなかなからしく、無料のフェリーやバスもあるとのこと。念のため連絡先もゲットして別れ、いざブリスベン観光に繰り出す。
母曰く、ブリスベンは歴史ある街だそう。
だからか、昔ながらの建築物が多い。
ゴールドコーストのリゾート感とはまた違う異国情緒があり、ゲームの世界に居るみたいで楽しい。
海外の本当の教会。初めて入ってみた。なんか怒られたら恐いのですぐ立ち去る。
うーーーん。清々しいほどの都会っぷりである。
道路は、整然と並ぶ碁盤の目状。益々東京を思い出して、なんだか懐かしくなる。
ガラス張りのビルと、レンガ造りの建物と、緑とが、過不足なくマッチして、クールである。カッコいい街だ。
ビジネス街だからか、歩いている人もゴールドコーストと違い、きっちりとした印象。
ブリスベン河に出る。
グリーンブリッジなる、新しい橋の建設真っ只中のようだ。
ゴールドコーストが海の街なら、こちらは大河の街である。
こちらも良い風が吹く。鉄やアスファルトの香りが僅かに混じる、オトナな風。
対岸は岩壁が露出している。あくまで地形を利用したうえでの運河都市というのが、隅から隅まで人工的に整備した東京との違いだろうか。
1803年頃に使用されたという防衛用砲台。
なんというか、看板と共にある歴史的遺物、日本ではたくさん置いてあるけど。
ちゃんと海外にもあるんだなあ、と謎の感心をする。
クイーンズガーデン。ここにも砲台。
ゴールドコーストでもちょくちょく目にした、”ヴィクトリア”の名。恐らく、彼女から来ているのだろう。女王だったらしい。
気になるから、あとで調べてみようかな。
この訳わからん造形のビルが並ぶ感じ、銀座の交差点に似ている。
何度も言ってしまうが、この街、なんだかカッコいいぞ。
バーをはじめ働けそうなところもたくさんあるし、「ここに住めばよかったかも…」なんて思ったり。
中国人が営む日本料理店で、曜日メニューの唐揚げ丼(11ドル)を頂きながらブリスベンに想いを馳せる…。
と、ホームステイしていたマッヂ氏から連絡が来る。どうやら、到着が遅れていたクレジットカードが届いたらしい。
ぼちぼち、帰りますか。
~~
…なんだかんだ言っても、やはりゴールドコーストの景色を見ると安心するものである。
いつの間にか、この地にも愛着が湧いていたようだ。
サウスポートのトラム駅から、久々にマッヂ氏の家に歩いて、また駅に戻り、マーメイドウォーターズの自宅へ…。
今日は1日中、よく歩いた。脚を労う。
それでも来たての頃に比べれば、疲労感が少なくなった。段々と、旅をしていたときのスタミナを取り戻せてきたようである。
この調子で、次はカフェ巡り。頼むぞ、我が脚。