小手調べはステアで②
前回より
時刻は、16時前。スモークハウスの仕事まで、まだ時間がある。
そういえば今日は昼過ぎからトライアルもあって何も食べてないし、ちょっと贅沢して外食しようか。
いろいろとパッとしない出来事も多かったしな…気分転換といこう。
ブロードビーチの、一度も行ったことがないエリア。Oracle Boulevard(オラクルブールバード)というホテルの1階に、多数の飲食店が並ぶストリートを歩いてみる。
ワイン特化に、ジェラートに、ファストフード…キューバ料理なんてのもある。
どれも高そうである……。
そして、
どの店もカッコいい…!
やはり職業柄見てしまうのは、バーカウンターだろうか。どの店のバックバーも整然とボトルが並んでいて、グラスたちが煌いている。それがワイドで、トールなのだ。
「ああ…。」
ウズウズする。
どうにも何故か、レジュメを配りたくなってくる。こんな店で働いてみたい…!
どうやら私は、アグレッシブに職探しというアクセルを回し続けた結果、どうにもブレーキが効きづらくなってしまっているらしい。
もう、一応仕事は見つかっているのに、この溢れる職探し欲を止められない。
…こんなだから、私は日本でも転職ばかりなのだろう…。
とはいえ無差別にレジュメを配るのも印象悪いし、やはりどこか一店舗にしぼって、しっかり味わってからアプライしたい。
ひととおり通りを歩いた後、せっかくだからと、一番クールな印象だった、薄暗いレストランにエントリーする。
「お食事ですか? お飲み物ですか?」
エントランスに居た、ややアジア系の男性がアテンドしてくれる。
「(高そうだから)飲み物だけで!」
「では、あちらのバーカウンターへどうぞ。」
おお…。バーカウンターに座れる。
オーストラリアのバーカウンターは、日本とは違ってレストランの中に併設されていることが多い。スモークハウスもそうだったが、カウンター内でドリンクを作り、それが各テーブルに運ばれる形。
だから、カウンター沿いに席が用意されている物件は、日本ほど見られないのだ。
「やっぱバーといえばこうだよな…。」
バーの顔たるバックバーのボトルたちと、バーテンダーたちの技術を目の当たりにしながら、グラスを傾ける。単にお酒を呑むだけではない。非日常の雰囲気を提供することこそ、バーの真髄なのだ。
と、私は思う。
仕事前なので、Lyres Yuzu
Spritzなるノンアルコールを頼んでみる。カウンターに居たのは、女性バーテンダーだった。
Lyresというのは、ボトルのブランドだろうか。柚子ジュースを核に、ピンクグレープフルーツで彩りを加えたものを、トニックで割るスプリッツァースタイル。
うん。爽やか。ノンアルとはいえ、甘すぎず。だけどトロピカルな果実感は広がっていて、柚子がそれをしっかり締めている。
柚子は、かつてオリジナルカクテルを創作するときにお世話になったので、けっこう思い入れが深い。
…というか、柚子なんて珍しいな。
メニューを改めて見てみると、”Tokyo
Rose”とか、”Hanamachi”とか。日本っぽいカクテルが多い。バックバーにも、ジャパニーズウイスキーが多数だ。
店内を見渡してみると、アジア系のランプも多いし。調べてみると、”アジアンフュージョンレストラン”というジャンルらしい。
ここで……働いてみたいな。
ダメ元で。
なんていうのは、もういつものことである。
オーストラリアに来てから、無理だとわかっていても、動かなければ。心が満足しないことは、よく知っている。
「You enjoyed?」
会計の時、先ほどアテンドしてくれたアジア系のスタッフが微笑んでくれる。
「Yes enjoyed!
And……actually, I’m finding new job.
So, if you don’t
mind, please receive my resume.」
レジュメを渡す。すると男性は、エントランスカウンターの隣に居た女性に、それを渡す。
「ありがとうございます。いくつか伺ってもいいですか? あなたのビザは?」
年配だが、スラっとしている、いかにもやり手というクールな女性。どうやらこの人が、マネージャーらしい。
「ワーキングホリデービザです。期限は――」
どのぐらいゴールドコーストに居るのかなど、質問をいくつか投げかけてくれ。
「Okay. じゃあ、今晩、トライアルはどうですか?」
「こ、今晩!?」
え。早。
「すみません。今晩は、仕事があって…。」
「じゃあ、明日は?」
「土曜まで夜は仕事が…。すみません! ほんとはメチャクチャ来たいのに!」
「大丈夫ですよ。では、来週の水曜日はどうでしょう。」
「ぜひ、ぜひ! ありがとうございます! もし、もっと早く来れたら来たいので、連絡先を伺ってもいいですか――。」
空のレシートに、サラサラと連絡先を書いてくれるマネージャー。読みやすいように、楷書で。ブレがない、容姿に合った達筆である。
「Thank you Very
much!」
深々と頭を下げ、お店を後にする。
こちらでは頭を下げる文化はあまりないみたいだが、そんなのは関係ない。私は日本人なのだ。
~~
いい時間なので近くのショッピングセンター『Oasis』でベトナム料理をかっ食らい、スモークハウスへ。
スクールホリデーだから、平日も忙しい。ボウと協力して、なんとか22時半に仕事を終える。
最後の子連れのお客様夫婦は、マルガリータを頼んでくださった。
「遅い時間にごめんなさいね。マルガリータが飲みたくって。いい一杯だったわ。」
「ありがとうございます。彼が作ったんですよ。」
ボウが私を指さしてくれる。奥様の、OKマークと満面のスマイルが嬉しかった。
その帰り道。ショートメッセージを送る。
“Extremely sorry.
I have to go to Brisben. So――”
“No problem”
翌日
9月22日
スモークハウスのディープマネージャーに嘘をつき、時間を確保。
「やっぱり、鉄は早いうちに打たねばな…。」
来週にトライアルなんて、遅すぎる。印象が残っているうちに、伺ってしまおう。
スモークハウスには心苦しいが、そんなこと言ってられない。
生き抜くためには、鬼にでも悪魔にでもなろう。……昨日、散々甘さを出してしまったわけだが。
18時にトライアルの予定を取り付け、いざ、
『mamasan kitchen
+ bar』へ。
…今思えば、名前が思いっきり日本語じゃねーか。
さすが金曜日。しかもスクールホリデーということもあって、かなりの賑わい。
「やっぱ水曜のがよかったかな…。」
と後悔したが、思いとどまる。むしろこの忙しいなか、活躍できたら良いアピールなのでは。
混雑の中、なんとかマネージャー…ジェイド氏を見つけ出し、例のアジア系男性を通じてカウンターに通される。この男性は、サブマネージャーって感じなんだろうか。
そこには昨日ノンアルカクテルを作ってくれた女性が。
「昨日はありがとうございました!」
「あー昨日の! レティです。今日はよろしくね!」
~~
忙しいので、バックヤードでのグラス洗浄から始まる。
まさかこれで終わらんよな…と5分ほど経ったところで、カウンターの男性スタッフが
「よお、ここは俺がやるから、カウンター業学んできなよ。」
と、カウンターに送り出される。
おお……。
スモークハウスの3,4倍の規模だろうか。たくさんのお客様が、目の前に広がる。
尻込みする間もなく、レティがカウンター内の各種材料を教えてくれる。相変わらず何言ってるか全部は聞き取れないが、ネイティブじゃないのだろうか。ここの人たちの英語は聞き取りやすい。
「これがライムジュースで、これがレモン。シュガーシロップ、柚子。卵白に―」
おお。卵白がボトリングされているのか。準備するのが面倒な卵白が用意されている時点で、バーのレベルの高さが測れる。
各種スピリッツの置き場所、ワインの場所、ビールサーバー、グラス…。
目まぐるしいスピードで材料や道具の場所を教えてもらう。並行して他のバースタッフたちとの挨拶も交わし、ジャックダニエルコークなど簡単なドリンクを作らせていただく。
(そういえば、”落ち着いて、自分を出せば大丈夫”って言われたな)
日本でよく接客した常連さんに、贈られた一言。
ちょっと遊んで、ライムウェッジをただグラスに入れるのではなく、ふちに挟んでみたり。ビールの注ぎ方を、日本で学んだ我流に変えてみたりと、アピールしてみる。
好評だったのか、「good」と言ってもらえた。
それが功を奏した訳ではなかろうが、その時はくる。
よし、じゃあこのチリ・トミーズ・マルガリータ、作ってみようか。
(いきなりわからんカクテル来たな…)
「えーっと、レシピを教えてもらえますか?」
「もちろん。」
どうやら普通のトミーズマルガリータ(キュラソーの代わりに、アガベシロップを使うマルガリータ)に、辛口テキーラをブレンドするものらしい。
またマルガリータか。
慣れたものである。スムーズにつくってやろう。
グラスに塩をリムドして、メジャーカップを繰り出し材料を注ぎ、シェイク。皆の視線が集まる。
2ピースシェイカーもだいぶ慣れてきた。
最後に、グラスにライムの代わりに唐辛子をデコレートする。
なるほど、チリ(唐辛子)かぁ…。
オーストラリアではお馴染み、ストローで味見される。
「Good」
とほほ笑まれ、ほっと一息つく。
…間もなく、サブマネージャーに
「ねえ、ネグローニ作ってよ」
と言われる。
お。ステア系。
これも腕が試されるぞ。
ミキシンググラスに氷を詰め、普段なら冷水を入れてグラスをしっかり冷やすのだが……。このハイテンポで回るバーでは、そんな時間ないだろうな。
ジンとカンパリ、ベルモットを投入。日本じゃ20㎖ずつだけど、こちらでは1.5倍。忘れずに。
ゆっくりと粘性を持たせながらステアしたいところだけど、時間がない。ややハイペースでステアする。早くステアすれば、先ほどできなかったグラスの冷却も兼ねられていいのだろうか?
ステアの軸がブレないところも、バーテンダーの魅せどころ。落ち着いて、ガシャガシャと氷に音を立てさせず、無音でステアする。
味を結合させるため、しっかり練り込む。ただし、水っぽくならない絶妙なラインで。氷のダレ具合を目と指の感覚で把握して、ステアストップ。
ストレーナーで濾しながら、キューブ氷を詰めたグラスへ静かに注ぐ。完成。
忙しくて他のスタッフが見ていられなかったが、どうやらここではネグローニは丸氷入りのグラスに注ぐらしく。
サブマネージャーが味見をするまで、少しばかり氷が溶けたしまったが。
「シュン。」
と呼びかけるとともに、サムズアップされているのを見て、再びほっと一息つく。
…間もなく!
今度はオリジナルカクテルを作らされる。しかもお客様向けに。
親切に、オリジナルのレシピはカウンター裏にあるカードに記されているので、それに従えばいいのでラクなものである。
卵白を使うドライシェイク、シェイカー同士のスローイング、などなどやったことない作り方もあり、四苦八苦したが。なんとか合格をもらえる。
ここまでくると、もう完全にチームメンバーのように扱われて。同じくオリジナルを作らされたり、オールドファッションドや、マティーニといったスタンダードも作らせていただいて。
(なんだか直近は、ステア系が多いなぁ…)
なんて回想する余裕が出てきたころ、ジェイドマネージャーに「そのカクテル作ったら、上がって大丈夫ですよ」と告げられる。
気付けば、予定していた2時間より30分超過。忙しいから、けっこう店に貢献できたようだ。
最後のマティーニをカウンターで仕上げると、対面に座っていたご婦人が「それはなんですか?」と尋ねてくる。
「マティーニです。ドライマティーニ。」
「ああ! マティーニ! 新人さんに見えたけど、マティーニが作れるのね!」
思わず笑ってしまう。
「ええ、実は私、カクテル作れるんですよ。新人ですけど。」
~~
サブマネージャーにお店の外で腰掛けているよう言われ待っていると、ジェイド氏が書類を持って来て隣に座る。
何を言っているか。全部は把握できないが。
「シュン、今日はありがとうございました。本当に、日本のプロフェッショナルだとわかる働きぶりでした。I’m very happyです。」
あ…。
「Yes I'm happy too!」
どうやら、気に入っていただけたようだ。
「いつから働けますか?」
そうだ。聞いておかねば。
「えっとーー。そうですね。恐縮ですが、何日働けますか?」
「そうね。週5日。11時から16時、もしくは18時から閉店までのシフトでどう?」
よっしゃ。
労働時間は問題ない。
「それなら、来週から働けます!」
「素晴らしい。ありがとうございます。」
あと、これも聞いておかねば。
「I’m very sorry
but…how much the salary for me?」
「Thirty one.」
「…yes?」
「31dallers per
hour.」
思わず目を見開く。
「31!? It’s too
expensive for me!」
「Nah, It’s good
for you.」
立ち上がって、目いっぱい頭を下げた。
「Thank you! Thank
you very much Ma’am!!」
今日もスターホテルが綺麗である。
9月23日
「……と、沿革を書きとめて、ひと段落と。」
仕事があるってのはいいことだ……こうして自室で心からくつろいだのは、初めてではないだろうか。
ようやっと、この地で生きる資格を得た気分。安定した気持ちで、異国観光ができるというもんだ。
さて、そろそろママさんキッチンから、採用に関するメールが届いている筈である。
お、きてるきてる。えーとなになに……。
“大変残念ですが、今回の採用は見送らせていただきーー”
「…………な、」
なにぃいい〜〜〜〜〜〜〜!⁉︎
つづけ