風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

逆転のXYZ

913

 

それは、ガムツリーで求人を探していたときのことだ。

8月終盤ごろの求人…バーテンダー募集かぁ…。」

もう、バーテンダーでなくても、キッチンハンドでもクリーナーでも働ければなんでもよかったのだが。それでも、バーカウンターで働けるにこしたことはない。

ダメもとで、メールを送ってみる。「こんにちは。貴店の求人を拝見したのですが―」

 

2分後

 

Hi thanks very much for your email. Are you able to come inn tomorrow for trial.

 Regards

 Smokehouse Broadbeach

 

いや、

早すぎだろ。

 

ちゃんとレジュメ見てくれてるのか? このマネージャー…。

名前を見るに、インド人かな…。

 

しかも「何時がご都合よろしいですか」と返信しても、一切返事がない。

 

「………。」

振り回されるのは御免だが。

振り回されずともよいほど、余裕もない。

行ってみよう。

 

 

914

 

忙しいだろうが客のいない開店前。客はいるが落ち着いているアフタヌーン。

悩んだが、英語学校も行きたいので学校終わりにブロードビーチへ。

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「ここかぁ……。」

アレである。ブロードビーチをふらふらしていた時、やたらスタッフの人に見られたから退散したステーキハウスだ。まさかのレジュメ配ってないとこ。

意を決して入ってみる。バーカウンターへ近づく。

「すみません、Abhishek(アビシェーク)さん、居ますか? トライアルに来てって言われたんですけど…。」

カウンターでなにやらごそごそしていた、髭をたくわえた予想通りインド系のおじさんに尋ねる。多分この人が…。

「ん? あーそれ送ったの俺だわ! ごめん、明日の5時半に、また来てくれるかな!」

 

 

 

 

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「………。」

せっかく、ベストまで着てきたんだがな……。

ブロードビーチのメイン、Kurrawa Beach(クラワビーチ)は、ビルなどが一切ないまっさらとした砂浜。

サーファーズの高層ビル群もクールだが、私はこちらの方が好きかもしれない。

 

一息入れて、せっかくだからタバーン(日本でいう酒場の意)やレストラン、カフェを回ってレジュメを5枚ほど配り、帰宅。

 

 

 

915

 

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Victoria Park(ヴィクトリアパーク)で寝転がり、精神集中。

 

1715分。

「よし、いくか。」

 

~~

 

お店に入ると、中休みだろうか。お客さんはほぼおらず、店員たちが準備をしている。

バーカウンターには、昨日いなかった白人のお兄さんが。

「すみません、トライアルに呼ばれたんですけど~…。」

「ああ! トライアルね! 荷物はここに置いて、カモン!」

腕で招かれる。えっ、いきなりカウンターに入るんですか………?

で、いきなりめちゃくちゃスムーズな英語でまくしたてられる。

笑顔でスラスラ話されるが、何を言われているのかほぼ理解できない。

 

…でも、不思議と言いたいこと、やらせたいことはわかる。

ジェスチャーだ。作業内容を見ていれば、やるべきことは自ずとわかる。

見れば、分かる。

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ふむふむ。なるほど、このサーバーにホースでつながったハンドディスペンサーから、ソーダやらコーラやらが出せるんだな。

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で、空いてるピッチャーにどんどん水を入れてくれと。

Okay!

トライアルに限らずなんでもそうだが、はじめは笑顔が大切。はきはきと、ニッコリ笑って返事。

 

「お客さまのお水が空になったら、ピッチャー交換したほうがいいんですか?」

「ああ、そういうことは、全部ウエイターのチームがやるから大丈夫だよ。」

わからないことがあったら、英単語がわからなかろうがなんだろうがちゃんと聞く。

初日なのだ、知らないことは恥ではなく、むしろ意欲的な姿勢の表れと思ってもらえる。

 

で、相変わらずバーマネージャーは何をいっているかほぼ聞き取れないが、緊張がほぐれてくると断片的に聞き取れるようになってくる。

「ビールや缶ジュースの在庫はここで…。」「ここにシロップとか」「洗い物はこうやって」「トイレは―」「ビールサーバーは――」

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ペースが速いが、できる限りはメモをとる。写真も、覚えるためにたくさん撮る。

 

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ポアラー付きのボトルか…。日本じゃ体験しなかったから、慣れないとな。

 

この白人バーテンダー、ボウさん。英語はもう少し手加減してほしいが、フレンドリーに接してくれてうれしい。

コーヒーの注ぎ方を教えるついでにご馳走してくれたり、「好きなカクテルは?」とか、「日本のウイスキーは山崎18年が好きで…」とか、気さくに話しかけてくれる。

こちらもその厚意に、全力で応える。

日本のバーで働いていた時、海外経験豊富な常連さんが教えてくださった。

言葉はわからなくても、顔とかで、心情は伝わる。楽しいとか、嬉しいとか、怒ってるとか、悲しいとか。

 そういう気持ちは、言葉なんてなくたって人間だから伝わるものなんだ。だから向こうでは、オーバーリアクションで接するといいよ

 嬉しければ広角を上げるし、驚いたら目を丸くする。困ったら情けない声を上げる。エンターテイナーになるのだ。

 私は決して外交的な性格ではないが、仕事となれば話は別(だと信じたい)。接客業をやってきたのだ。リアクションをとるのは慣れている。

 

 

そんな感じである程度親睦を深めていると、お客さまがやってくる。

ウエイターが注文を取ると、カウンターのプリンターがドリンクの伝票を出力する。その内容を確認して、ドリンクを作り、カウンターに伝票と共に置く。と、ウエイターが持ってってくれる。

「これは………。」

ぶっちゃけラクだぞ!

 

オーダーをとってくる必要も、ドリンクを持っていく必要もない。もちろん、料理もシェフたちが作る。私たちは、ただただドリンクをひたすら作ればいいのだ。

なんて素晴らしいのか。

 

日本では、カウンター11席、テーブル4、個室ありのバーを、二人で回していたのだ。しかも、ガッツリした料理提供も含めて。

 

その時に比べれば、なんて楽勝な仕事なのか………。

 

 

なんて、油断するのはまだ早い。相変わらず英語は聞き取れないし、店のオリジナルカクテルも作り方がわからないのだから。スタンダードだとしても、店によってスタイルが違うし。

ボウさんが店のオリジナル、スモークハウス・ラテマティーニを作る様子を、動画を撮りながらまじまじと観察する。

シェイクして、縁の広いカクテルグラスに注いで、おお。コーヒー豆だけじゃなくて、ココアパウダーでもデコレートするのか。

「海外のガーニッシュ(飾りつけ)は凝ってるなあ…。」

と、感心していると伝票がプリントされる。内容は、ラテマティーニ一杯。

「よし、じゃあ作ってみようか。」

 

……えっ。

 

「作っていいんですか? 私が?」

Sure.

 

これは………!

 

緊張する…………―――が、

嬉しいぞ!

 

久方ぶりに、メジャーカップをカウンターで手に取る。この大きさは、30㎖/15㎖タイプだな。

オーストラリアのバーは、ほとんどがカウンダーの上段でカクテルは作らず、下段に作る。お客さんに、メジャーカップによる注ぎなどはあまり見せないスタイル。

普段は胸の高さの位置にシェイカーがあるが、今日は腰の高さにシェイカー。自ずとメジャーカップを持つ手も下がり、勝手が違う。

ポアラー付きボトルも不慣れながら、無事正確な量の材料を投入完了。

 

氷を入れる。わかってはいたが、こちらの氷は質が悪い。氷屋で購入したブロック氷を、一つ一つピックでキューブにするなんてことはしない。こちらは回転率が勝負だ。

締まりの悪い小ぶりな氷を、シェーカーに注ぎ込む。

一つ一つが小さいから、ギチギチに入れてシェイクの衝撃を緩和させるか。それとも、水っぽくなるのを恐れて少なめがいいのか。

 

ええい、勘だ。

バーテンダーをしていて憶えたのは、勘で行動を決定することである。闇雲に聞こえるかもしれないが、賭けとかではない。

様々な経験は、知らずに体に沁みついてるもの。それら体が発する、言葉にならぬサイン…勘が、最適な答を与えてくれるのだ。

武術や料理、デジタルなスカラーで表現できないものは、特にそう。

あとはその言葉で説明できないあやふやなものを、信じ切って踏み出す勇気が大事。

 

加水と冷却を与えるのに十分。かつ、2ピースシェーカーの利点。空気の織り交ぜを邪魔しないラインまで、氷を投入。

シェーカーを閉める。叩く。ガッチリと固定する。

 

 

日本のストレーナー付き3ピースシェーカーと違い、海外では2ピースシェーカー(ボストンシェーカー)が主流。

…練習はしたが、実はカクテルを作るのはこれが初めてだ………。

「どうとでもなりやがれ!」

 

 

 

スナップを効かせてシェーカーを振る。肘が動くほど、手首を捻る。

私が慣れている2段振り。ボウさんのラテマティーニは長く、強めに振るといいという助言に従い、強めに、素早くテンポよく振る。ただし、背の高いシェーカーだから、ストロークは長めに。コーヒーを空気とよく練り合わせ、泡立たせる。

要するに、けっこう疲れるシェイク。

疲れる。が…。

俺、今カクテル作ってる………!

いつぶりだろうか。この高揚感は。

 

うまい、

カクテルを、

つくって!

やりますよ!!

 

慣れない2ピースシェーカーが外れないことを祈りながら、30秒ほどシェイク。

ストレーナーとシノワで濾して、カクテルグラスへ。

「ココアパウダーと、豆をのっけて……。」

Perfect.

ボウのお墨付きをもらい、私のカクテルがカウンターに載せられる。

それがウエイターに運ばれ、お客さまの元へ………。

 

 

嗚呼。久しぶりに私は。

誰かに。何かを。

誰かのために、労力を費やせた気がする………。

 

至福である。

 

 

 

 

余韻に浸りながらも、あせあせと動いていると。気付けば、トライアルが終わる時間らしい。

「よし、じゃあシュン、君なりのマルガリータを作ってみてくれ。」

おお…そう来たか。

マルガリータは、ボウが好きだというテキーラベースのカクテル。

これは…一種のテストなのかな?

 

スタンダードカクテルだ。先ほどのオリジナルと違って、レシピ自体は作り慣れている。

海外ではカクテル一杯の量が違かったり(日本では60㎖、海外では90㎖が多い)、ロックスタイルを要求されたりと、多少勝手は違うが…。

 

塩でスノースタイルを仕上げ、材料を入れ、シェイク。注ぐ。

 

ボウさんが、ストローでペロッと舐める。

Good.

お? いい感じっぽいぞ。

 

その後、ボウさんなりの作り方も見せてもらう。

ボウさんはライムを多めに入れ、その後にシュガーソースでバランスをとる手法らしい。

 

ウエイターのスタッフたちが時間を見つけてやってきて、二つのマルガリータを飲み比べる。

「こっちの方がバランスがいいかな。」

とボウさんのを指さす人もいれば、

「こっちは強いかな。俺はこっちの方が好き。」

と私のを指す人もいた。

 

すると、キッチンの一人が、

「何かカクテルを作ってくれないか?」

「え? 私がですか?」

「そう。君の作りたいものを。」

My…best cocktail?

 

 

私のベスト。

色々と私なりのオリジナルもあるから、それもオススメしたいが。こういう場合は、スタンダードがやっぱり良いだろう。

 

スタンダードなら。

 

バーで勤め始めて、初めておいしいと思ったスピリッツ。

それは、ラムだった。

昔、母にいただいたお酒入りのチョコレートに、味が似ていたから。

 

だから、初めて作ったショートカクテルも、ラムベースだった。

 

初めてシェーカーを振ってから、幾度となく作った。純白に輝く一杯―。

 

カクテルグラスを手に取り、氷を入れて冷やしておく。

 

 

ラム

ホワイトキュラソー

レモンジュース

 

材料を閉じて、シェーカーを振るう。

 

氷を鋭く動かすイメージで、シャープな仕上がりを目指す。

周りのスタッフが見てくる。けど、緊張はしない。

バーテンダーの見せ場だ。緊張は日本に置いてきた。

 

 

カクテルグラスに作品を注ぎ、スタッフに手渡す。

 

What is this name?

 

This is XYZ

 

 

一人目のスタッフが一口飲むと、ボウさんたちにも「飲んでみて」と渡される。

 

「ん~、グッドグッド!」

「よく混ざっている。いいシェイクだ。」

「何を入れたんだい?」

 

ああ……。そっと胸を撫でおろした。

 

通じた……!

私の味が。

 

 

そして、一人が右手を差し出してきて。

「よしシュン、明日も来てくれ。」

 

私はその手を、両手で握り返した。

Yes,yes of course!! Thank you very much!!!

 

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