Be aggressive!
就寝前に、雨音がやって来たと思っていたが。
9月4日
けたたましい雷の音で、目が醒める。
激しい閃光と、頭に響く重低音。雨も物凄いことになっていた。
周りの人が何も言わんところを見ると…、これがこっちでは普通なのか?
幸い、家を出る時間には雷も止み、雨足も弱まっていたので。ついているのだかついていないのだかわからない、初登校を始めた。
「いやーーまさか別のキャンパスに行こうとしてたなんてね」
ということに、前日気付いてよかった。
私が通うことになる学校『Imagine Education』、サウスポートに二つ存在し、一つが初日に行ったベノワ通りのメインキャンパス、もう一つが、ローソンストリート…先日行ったSundale Bridgeのそばにある、サウスポートセントラルキャンパスだ。
マッヂ氏に「道分かる?」と尋ねられ、「Yes!!」と自信たっぷりに答えた際、得も言われぬ不安に襲われ、調べてみてよかった。
この建物の中の一角に、私の行くべき教室がある。
集合時刻より僅かに早めに到着。すでに、ちらほら同じ生徒であろう人が見受けられた。
私同様ぼっちも多いが、ほとんどは友人同士だろう、グループで寄り添っていたり、学校の研修だろうか。日本人女子の集まりなんかもいたりした。
彼らの和気あいあいとした会話って、我々みたいな独り身には辛かったりするんだよね。
しかしながら、それはチャンス。
こういった疎外感は幼き頃より慣れている。逆手にとって、他のさびしくしてる人に話しかけちゃおう。
折を見て友人を作ろ、と密かに画策を始める。
パスポートを参照してもらい、個人情報の入力が終われば、クラス分けのテストが開始。
テストといっても、ラウンジや廊下の机に片っ端から座るカジュアルなものなので、けっこう話し声が聞こえる。
で、さっそく私の左隣に居た青年から、声がかけられた。
「Do you have pen?」
あー…。ペン、一本しか持ってないんだよね~。
“あなた、持ってますか?”的な感じで、右隣の女性に話しかけたりする。意図せず声を掛けられるキッカケができて、なかなかいい感じ。いい仕事したぞ、ペンを忘れた奴。
他の人も持ってないみたいなので、”じゃ、スタッフに借りに行こうぜ!”と、私から提案。別に私はペンを持っているのだが、ノリで彼と一緒にスタッフのもとまで行ってあげた。
無駄なまでに交流を図っていこう。日本の自分のままでは、ダメなのだ。
無事筆記のテストが終了すると、一人ひとりのスピーキングテストが始まる。30人は居るだろうか。全員終わるまで、長い。だからこの隙に、交流を広げよう。
まず左隣の男性。
「テストどうだった?」
「あーうん、、、まあまあだと思うよ。」
「私も。そう願ってる。難しかったよ!」
「お腹空いてるの?」
テストを終わった人はお菓子をもらえるのだが、それを私は貪っていた。
「あー…、まぁね。おいしいよ? これ。」
ここに来て食いしん坊キャラを演出することになるとは思わなんだが、青年は笑ってくれる。
「どこから来たの?」
「日本だよ。あなたは?」
「スペイン。」
「スペイン?」
同じ国の名前でも、やはりネイティブだと発音が違う。一応、グーグルマップで”ここだよね”と指を差し、確認したりする。
「僕はバルセロナから来てね。サッカー大好きなんだ。ほら、このマークわかる?」
着ている服にあしらわれた、何かのエンブレムを見せられる。そういえば彼の服は、サッカーのユニフォームだ。
「ん~~、さあ?」
「レアル・マドリードだよ! 大ファンなんだよね! あなたはサッカーする?」
「いや~~見るだけだね。」
「どこのチームをフォローしてるの?」
さすがサッカー大国。全人類がみなどこかのチームを応援している認識らしい。
日本の…と言いたかったが、日本のチームってなんて名前だっけ? あ、ほんとに私、興味ないんだな~~…。
そんなこんなな会話をして、ひと段落。スペインの彼は別の人と話し始めたので、じゃあ私は、と右隣にいた女性に話しかける。少しだけ色黒で、暖かい国から来てそうな感じ。
彼女もお菓子を食べていたので、なんとな~くそれを見せたりして、目が合ったら、「Hi」と笑顔で挨拶。
この目が合ったらニッコリ。っていうのが、けっこういい感じらしい。二日前あたりから、すれ違う人とかによくやってる。
向こうから、
「クラス、どうだった?」
と聞かれる。クラス…ああ、振り分けられたクラスのことか。えっとねーなんて書かれたんだったかな。
読めねえ…。
「あ~…、読めないね。」
「見せて? …ああ、インターメディエイトね、良い感じだと思いますよ。」
「そ、そうなんだ! なら良かったよ!」
「どこから来たんですか?」
「日本。あなたは?」
「ブラジルです。」
「ああ、ブラジル! 私はカシャッサが大好きですよ!」
カシャッサとは、ブラジル原産の蒸留酒のこと。ラムと同様サトウキビを元に作られるが、サトウキビジュース100%のその風味は独特なもの。
日本に居たときに、カシャッサコンシェルジュをとっておいて良かった。
「バーテンダーだったころは、カイピリーニャを何度か作ったよ。」
「本当!? カイピロスカも知ってる?」
「もちろん。それから、フルーツカイピリーニャも挑戦したかったですね。イチゴとか、ブドウとか…。」
「ああ、それもとても美味しいですよ!」
カイピリーニャは、カシャッサをベースにして作るカクテル。ライムをふんだんに使っていて、暑い日によく効く酸っぱい味わい。
カイピロスカはそのベースをウオッカにしたもの。フルーツカイピリーニャは、ライムの代わりにフルーツを使うもの。
それから、飛行機何時間かかったの?とか、家族との時差の話をしているうちに、スピークテストの時間が終わり。学校の説明がなされた。
気さくな先生方の説明に和みながら、皆でスライドを眺める。
学校だけでなく、オーストラリアの生活、周辺の解説もしてくれた。ここの周りは大型の複合施設となっていて、ショッピングモールやレストランが並んでいるそうだ。
一人ひとりに学生証が発行され、それがあると図書館が利用できたり、施設のジムが割引価格で使えるらしい。
イントロダクションが終わったら、外に出て皆で集合写真をパチリ。その後、生徒を引き連れて周辺施設を軽くガイドしてくれた。
こう、生徒たちが列を成して街を歩いていると、修学旅行のツアーのようだ。こういう時って、たいていグループになってる人らは後ろに集まって、前のほうにはソロの人が居るんだよね…。お、いたいた。
同じく最前列のあたりに並んでいた、南米系の顔立ちの女性に話しかけてみる。
「Hi」
「Hi!」
「どこから来たんですか?」
「ペルーですよ。」
ペルー…。これまた、予想しない名が出てきた。
「私は日本から。私たち、どっちも一人身ですね~。」
「あは。そうね。あなたのクラスは?」
「えっと~、インターメディエイト。あんまり英語得意じゃなくってさ。」
「あら、じゃあ同じクラスね。私もベーシックレベルだから、気にしないで。お互いがんばりましょ。」
「Thank you!」
同じクラスの友達ができた。願ってもみない流れである。
ツアーが終わって、解散の時間。
「あなたの名前は?」とペルーの女性が尋ねてくる。
「私はシュンスケです。」
シュンスケ…って、海外の人は発音しにくいんだよな…。
「シュンって呼んでください。」
「私はジャスミン。Nice to meet you Shun! また明日会いましょ!」
と言われ、右の頬を差し出される。
ぶつ…んじゃなくて、ハグか? 一瞬戸惑うと、頬を指で差される。
あ、キスか!
慣れない仕草でキスをする。正直こっ恥ずかしい。
「ごめん! 私の国ではこうするから! それじゃあね!」
…あとで母に聞いたが、頬と頬を合わせる挨拶もあるんだとか。
そっちだったら、だいぶ恥ずかしいことしちゃったなぁ。
その後は、モールの中にあったコモンウェールス銀行へ。
あらかじめ日本で開設しておいた口座を、アクティベートしてもらう。
当たり前だが全編英語で案内され、対応されたので…。緊張したが、なんとか開設に成功した。
まるで一つひとつが、綱渡りをしているかのようだ。
ひと安心したら、Scarborough St(スカボロー通り)を北へ。せっかくここまで来たのだから、バーに一件寄ろう。
打って変わって、ちょっと寂しい感じの道である。
『SOPO Brewing Co』という広めのバー…パブのようなところへ。醸造器が店内にある、大きめの規模の店舗だ。
いただいたのは、オリジナルブランドの『Old Dog』。7ドル。
黒ビールらしい喉越しの重たさと苦みはありながらも、くどくなく、さわやか。
荒々しいようでまったりとした温かさも感じられる舌触りは、さながら年老いた犬のよう。
それから、ステーキ。18ドル。
ステーキももちろん美味しかったが、個人的に嬉しかったのはサラダ。
というのも、実は今朝まで日本からの留学生が同じホームステイに居たのだが、彼曰く
「ここのご飯、基本野菜は出ないから、自分で摂らないと、俺みたいに体調崩しますよ。」
とのことである。
てなわけで緑黄色が嬉しい。
もちろん、ただただ一杯やりにきたわけではない。きちんとレジュメも渡してきて、家路についた。
いろいろあって、今日は疲れた。
夕方前の帰りだけど、ベッドに倒れたら泥のように寝てしまったしだい。
ふと起きて、『Gum Tree(ゴムの木。コアラの餌)』という部屋のレンタルや、労働者募集、車の売買情報などが掲載される、大型ネット掲示板をなんとなく覗いてみる。
「サウスポート…ジョブ……と。」
うわ。
全然募集ないなーー。
こうしちゃいられない。もっと積極的に、アグレッシブにならねば明日はないと、改めて実感したのであった。