忘れ咲き
曇り空 山の入り口
雲の隙間から、山肌にわずかに降りる光
稲刈りと ゴミか枯草かが焼かれる香り
「ああ…」
初めて旅をを思い出して、涙を流した
故郷でやる警備業務は、人っこ一人いない田舎現場が多い。
あの日走った道路も あの日歩いた道も
全てを仔細まで思い出すことはもうできないが
忘れがたき 旅
2021年
長旅を終えた私は、すっからかんになった財布を潤すため…。
実家で厄介になりながら、東京でちょびっと経験した道路警備のバイトをしてました。
資格もとったりして半年弱それを堪能したあとは、大型免許をとってトラックを運転してみたり。
いわきから関東圏へ。木材などなどを運んで、何か持ち帰ってくる日々。
深夜に出発すると、霞ヶ浦のそばを通るころに。ちょうど、東の空が薄紫に染まりだす場面に出逢えるときがある。
土と木々だけ。なーんにもない地平線の向こうが、真っ赤に燃えていく絶景。
「こりゃ、トラック乗りの特権だな。」
胸を躍らせながら北浦大橋を越えると、今度は水平線が輝きだす。
それを眺めると、今度は胸が締め付けられた。
「ああ……」
海沿いを好んで、テントを立てて。
誰の人影も見えないなか、息を呑む瞬間を独り占め。ただ一人で、新しい一日を祝福した日々を思い出す。
忘れられぬ、あの高揚。
それでも、私なりに努力はしたんですよ。
年が明けたら、また東京に出た。
何を思ったのか女装子として雇ってもらい、夜の仕事を始めてみたり。
コスメコンシェルジュなんて資格をとったと思ったら、縁あってバーテンダーになっていたり。
お酒に弱い私が、カクテルを作ることになるとはね。
一人遊びが得意な私が、お客様に懇意にしてもらえるとはね。
誰も乗せなかったロケットⅢの後ろに、乗ってくれる人ができるとはね。
人生ってのは何が起こるか、わからない。おもしろい。
なにも、移動するだけが旅じゃない。変わらないように見える日々も、毎日が違う天気に、違う景色に、違う人々に彩られていて、気づけばいろんな旅に満ちている。
「しばらくは腰を据えてみよう。」
でも、
「オーストラリアに来てみないかい?」
閉店後、無人のカウンター。ふさがらない開いた口。とんでもないことを言ってくる、携帯。
「………。」
神様なんて、あんまり信じていないけど。
金運も、恋愛も、勝負事の神様も、どうにもついているとは言えないし。
ただ、いるのかもしれないね。風のように飄々と、なんの気なしに、傍目で見ていて。なんとなく、気まぐれで、こいつを旅立たせてみるか、って遊ぶ神様が。そんな感じのものに、目をつけられているのかもね。
「行きます。」
地下の箱から出てみれば、薄紫に染まる空。
「ああ…」
そう。
誰よりも早くこの空を拝む、この瞬間に。
私はいつまで経っても、想いを馳せているのだろう。
〜〜
「孤独というか孤高だよね」
そう、私に言ってくれた人に逢えた。
そうありたいとかねてから考えていた私にとって、その一言は殺し文句。
私のくせに、誰かと一緒にいすぎた……。
旅慣れていたつもりだったが、そういえば旅立ちはたったの2度め。
別れというのはいつも辛い。
東京を発つ直前は、小旅行を重ねた。銚子電鉄の先、地球の丸く見える丘。今度の舞台は、この曲線の先
旅に限らず、一人行動が多い私。だけど勿論、人嫌いな訳ではない。誰かといるのは、楽しい。
日本の片隅で、何度さびしさに打ち震えたことか。
だからこそ、方々で話しかけてくれた人がいたときは、とてつもなく嬉しかった。
夜の街でいろいろな方とお話する時間も、かけがえなく思えた。
何度か問われたことがある。
「たった一人で旅をして、寂しくなかったの?」
そりゃあ寂しいさ。人との話し方を、忘れたときだってあったんだぞ。
でも、かといって誰かと連れ立って旅するのは、どうも違うんだよなぁ。
前回旅立つ前にも訪れた、三浦半島。真夏の城ヶ島に吹く風は、ベタつくが心地いい
きっと。ずっと誰かと一緒にいたら、人の有り難みを忘れてしまう。
ひとりぼっちだからこそ、話すことの嬉しさがわかる。
ひとりぼっちだからこそ、人のぬくもりがわかる。
ひとりぼっちだからこそ、誰かを求められる。
孤独を以て、繋がりを愛す。
これはもう、孤独ではない。
生きる指標とするに値する、孤高なのだ。
だからこそ、別れも甘んじて噛みしめねばいけない。
2023年8月24日
「ぬうっ…」
久方ぶりに帯を締めれば、懐かしい気合が入る。
さすがにちょっと太ったか。心地よい締め付けに、現実に呼び戻される感覚。
「いってきます」
両国ジャンクションは、上りはいつも渋滞するが、下りはいつもスイスイだ。
目覚めるときは、いつもあっという間だよね。
日本を回っていたあの頃は、旅の日々が夢のように思えたが。
今思ってみれば、こうして街にいた日々が夢なのか。
はたまた、どちらも夢か。
長羽織を揺らす私に、また好奇の視線が突き刺さる。
また一人。
しかし、大丈夫だ。
「…さて、次はどんな人に出逢えるかな。」