「なんで」
3月13日
千葉の九十九里浜といえば名のある浜辺であるため、胸を膨らませていったのだが案外なにもなかった。きっと、海開きのシーズンには多くの人や露天で賑わう…のだろう。
近くの海の駅へ車両を置き、散策に出かける。
ここ九十九里町の海は、海底が平坦で遠浅であるため、昔からいわしが多く獲れたらしい。それを干鰯や〆粕といった肥料にして各地へ売り込み、発展してきた町なのだそうだ。
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水産物の直売所、調理所、などなど。海辺の町によくある店舗が目立つ中、一つその中で浮いた看板を見かけたので足を運んでみる。
乗馬クラブだ。
これはまた、見事日本の海辺とは思えないアメリカナイズドされた建物が立派である。
奥で、白馬と人が、まるで踊っているように揺れているのが見える。近づく。
阿部りかさんと、ルナさん。
彼女は印西からほぼ毎日、仕事の合間を縫ってここへ通っているという。
「元々乗馬部にいたんですけど、ふと”この馬はほんとうに乗られたがっているのか”っていう気持ちに駆られて。無理やり捕まえて乗るんじゃなくて、こうして触れ合う中で友好関係を結んでいくのに、今は夢中なんです。」
その証拠だといわんばかりに、ルナさんは「握手」と言えば前足を差し出すし、「笑え」といえば歯をムキッと出して笑う。なんなら、前足を折って深々とおじぎもしてくれた。
話をしてみれば、阿部さんも旅好きとのことで、高校生となる娘さんは今ニュージーランドに住まわせているらしい。私などとはスケールの違う話に、少し尻込みする。
「旅、いいと思いますよ。いろんなことを見聞きしたほうが、役に立つと思います。」
との言葉にも、また尻込み。最近、私は自己の旅に懐疑的だったので…。
そしてまた、不意に聞かれてしまう。この旅で、初めて尋ねられる質問だった。
「なんで旅をしてるんですか?」
………なんでだったっけ。
「えーっと…なんででしょう…。こうして、いろんな場所で武術を練習して、いろんなものを見て回ったら…。なんだか強くなれる気がして?」
違う。いや、違くはないのだが、それがすべてじゃない。
何故私はこれをしてるんだっけ。売る原稿を書くため? いや、それは後付けだ。
もっと、根本的に、何かがあった筈なのに。旅に出ようと思い立ったのが数年前すぎて、思い出せない。
今はただ、それこそ原稿を書くためという使命感で続けているような、酷い有り様だ。
私とは違って、まっすぐ馬と向き合う阿部さんに見送られて。その場を後にする。
ここで研修…なんて話も出たが、お金がないので。御免。
乗馬クラブ『サンシャインステーブルス』の海側は、キムタクのMVロケでも使われた場所らしい。
厩の中では、茶色や黒や白黒や、いろいろな馬が餌や戸を食んでいた。
ついでに私も袖を噛まれた。
はてさて、なんで旅をしようと思ったのか。なかなかこれという答えが出せないな。
…まぁ、それも。いずれ必要な時に思い起こせるだろう。