【最終話】風の翔ける先
駆け抜けた 日本万景 我が誉れ
「とうとう、だな…。」
奇しくも3月1日と同じように国道16号を北上すると、川崎に入るあたりでそれは15号に変貌し。程なくして、辿り着いた。
「……少し、遠回りをしていこうか。」
そのまま国道15号を北上し、大森や品川、出来たのかそうでないのかわからん高輪ゲートウェイ駅を横に流す。港区に入ったあたりで右折すれば、
「あーーーー、懐かしい。」
仕事でやたら滅多と走った、レインボーブリッジだ。
このまま、よく走っていた東京湾のツーリングルートをなぞってみよう。
お台場の暁埠頭から中央防波堤に渡り東京ゲートブリッジを渡る。
快晴ではあるがすっかり年末の空気で、ひとたび立ち止まろうものなら体が震えて止まらなくなる。
「お、またお目にかかれるとは…。」
そんな私にエールを送ってくれているのか、すっかり雪化粧をした富士山が私を眺めてくれていた。うん、もう少しだからね。頑張りますよ。
そこから亀戸駅を南から北へ縦断して。
スカイツリーを拝む。
「また機会があれば上りたいなぁ…でもあれ、揺れるんだよな。絶対揺れてる。」
その根元を横切って、
よくスタンディングして渡った言問橋を渡れば。
「………もうすぐだね。」
貴方は、旅に出たことがあるだろうか。
見ず知らずの土地で、一人ぼっちになったことがあるだろうか。
機械を使わず、夏の暑さと冬の寒さに幾日も向き合ったことがあるだろうか。
屋根を持たずに一晩過ごし、満天の星空を見たことがあるだろうか。
一見退屈そうに見える人生だが、その気になれば、いつだって誰だって、大冒険の主人公になれる。
私は、たくさんのものを見つけたよ。
見たことも聞いたこともない道を歩く、面白さを。
見たことも聞いたこともない景色がくれる、感動を。
見たことも聞いたこともない人たちがくれる、笑顔の暖かさを。
もしあなたが、知らない世界を覗いてみたくなったら。
“興味があるから”とか、”現状が退屈だから”とか、あるいは、”ここから逃げ出したいから”とか、どんな理由でも、構わない。とにかく、ちょっと遠くへ出かけてみようかな、なんて思ったら。
あなたの横をすり抜ける、風が翔けてゆくその先に、どうか想いを馳せてみてほしい。
どんな形であれ、あなたが自分の意志でその一歩を踏み出したのなら。
きっとその先に、一生モノの宝が転がっている。
それは慟哭か、歓声か。
人目をはばからずあげた、寒空を切り裂くような叫び声が、真紅の塔にこだました。
「本当に、やり遂げたんだよな……!?」
走行距離約1万7,115.2㎞
胸中に湧き上がる想いは、ただただ”信じられない”というものばかりであった。
あまりにも無謀に出発して、あまりにも行き当たりばったりで。明日を生きられる保証すらもないまま、ただがむしゃらに旅を続けてきた。
安全も、金も、賛辞を得られる確約だってない、強行路。…それでも、成し遂げられたのだ。
いや、むしろそんな旅路だったからこそ、
「…楽しかったなぁ………っ!!」
自由だった。
間違いなく、人生で最大級の一年だった。
ようやく実感を得た心は、次いで旅の思い出で満たされていって。
さすがに人目があるぶん涙は流さなかったが、嗚咽を感じながら笑顔になるという、これまた奇妙な顔をしてしまう。これが嬉し泣きってやつなのか…!
ひとしきり感傷に浸り、気持ちが落ち着くと。
最後に去来したのは、意外な感情であった。
「………終わってみると、案外あっけなかったかもな…?」
なんか、成すべきことをただやっただけ、って感じ。…我ながら、調子の良い性格である。
ああダメだ、また次の旅のことを考えてしまうぜ。
人生という旅路に、終わりはない。
だが、ひとまず今回のところは。ここで一旦、筆を置かせていただくとしようか。
「ありがとう。私の愛した日本。」
ありがとう。私の紡いだ風来記。
きっとこの旅は、一生忘れられない宝物になるだろう。
一陣の風が長羽織を翻したのを合図に、ロケットⅢに跨った。
~・~・~
街中に出れば、正月を思わせる広告が否応なしに目に入ってくる。
“帰省は控えてください”、なんてコロナのせいで言われるんだろうけど、名古屋や札幌、大阪、東京、の人は帰れるんだろうか。帰りたいよなぁ…。
都会も田舎も、どっちもたくさん見てきたからわかる。どっちも楽しくて、どっちも美しい。
だから各々、帰ってやりたいことがあることだろう。
そうだなぁ。
「俺だったら…。」
旅の経験をきちんとまとめたいし、動画も撮りたいし、もちろんバイトもしたい。それから海外に向け英語も勉強したいけど…。それよりもまずは、
「俺だったら、家に引きこもっちゃおうかな。」
旅人として恥ずかしくないのか、なんて言われそうだが、いいのである。
水面に石を投げるがごとし。旅が自分とは何たるかを知る手段であるとするならば、旅の楽しみ方だって千差万別でいいはずである。
私にとってのそれは、ホッと一息つける馴染みある空間で、笑いながら話せる友人たちに、旅の冒険譚を自慢げに語ってみせることなのである。
旅をして痛感した。やはり、家は家で、いい。
だから、帰ったら一番に言ってやりたいのである。
~~
「おっやってるな。」
国道から一本入った住宅地で、豪奢な構えの一軒家兼スナックはひっそりと灯りを放っていた。
駐車場にロケットⅢを乗り入れ、今更ながら緊張している胸を落ち着けて。
深呼吸をしてから、玄関を開けベルを鳴らす。
刹那に、「おかえりー!!」という、待ちに待っていた、待ち望んでいた言葉が、記憶の底にこべりついている声音で浴びせられた。
たまらず、目尻は下がり、唇は横一文字になって震え出し。
“ああ、また情けない顔してんな”と自嘲しながら、クシャクシャの顔でなんとか声を張り上げた。
「…っ! ただいまぁっ!!」
風来記
おしまい