終わる365日
12月29日
鎌倉から、今度は海沿いに西を目指す。
何故ゴールと逆方向に進むのか。それは、先に進む前にどうしても寄りたい場所があるからである。
車にバイクにと行き交う湘南を抜け、西湘バイパスへと入る。
少しばかり金は取られるが、海を眼前に臨みながら風の音を聴ける快走路。
ここは、道志と同じくらい私のお気に入りだった道である。
その中間には道の駅があるのだが…。なんだ、また高波にでもやられたのか?
…まさか失くなったりはしないだろうな…。
ちょっと見ない間に変わった状況に戸惑いつつ、バイパスの南詰まで走り国道135号に合流する。
この道も綺麗なんだが、いかんせん混むんだよなぁ。
ちょいと脇へバイクを寄せて、小休止。
「やれやれ、何をそんなに急いでいるのやら。」
何度か伸びをして身体をほぐしてから、”もう少し”と再びハンドルを握る。
真鶴駅の前で左折して、細い商店街の道を通って。
こじんまりとした漁港を抜ければ、自然公園に入り。
さぁ、ここである。
「なつかしーーなぁ!」
旅に出る前、”本当に野宿できるのか”と伊豆まで実験ツーリングした時、ここで写真撮ったっけ。
あの頃と比べると…、あれ。むしろちょっと大人しさがなくなってるか…?
そうだよなぁ。あれからちょうど、12月に会社を辞めて。ハローワークに通いつめたり、旗振りのバイトとかしたんだよなぁ。そんですぐ旅に出たんだもの、形相も変わるわ。
旅が始まったのは3月だったけど。そういう意味では、1年経った…ってことなんだろうか。
そのまま一方通行の樹林を抜けていけば、
お目当ての場所へ到着である。
「なんか…変なオブジェができてんなぁ…。イルミ用か?」
「なるほど。切り倒した木のところにも、このオブジェを置いたのね…。」
真鶴岬。
伊豆半島の右にちょこんと突き出ている、小さな半島の先っちょ。
まだ神奈川に引っ越して間もなかったころ、江の島や道志、箱根に次いでツーリングに来てみた場所で、他にはない私のお気に入りスポットがある場所である。
真鶴岬には、かつて江戸時代に外国船打ち払いのための砲台が……
いや、止めよう。今回ばかりは、歴史の事実とかなしに個人的な感傷に浸りたい。
この階段を下りていけば、あの地はもうすぐである。
「ちょっと長いんだよな…。」
上がってくるときがまたキツいんだなこれが。今日は過去最大に重たい装備で来ているけれど…まぁ、あれから北山崎だの佐多岬だの、似たような道を歩いてきたから大丈夫だろ。
ここ!
真鶴岬の先にそびえ立つ、景勝地『三ツ石』。それを眺められるこの波打ち際こそが、私が見つけた秘密の場所である。
「まぁ…とはいっても、別に隠れた場所ではないんだけどね。」
年末休みなのか、辺りにはけっこう人がおり、火気厳禁の筈がバーベキューしている輩もいる。やれやれ、琵琶湖じゃねぇんだから…。
私がよく腰を下ろしていた流木も、朽ち果てていた。付近の草花も、もう息づいてはいない。
「そういえば、こんな季節に来るのは初めてだったかなぁ。」
ちょっと、人気のない場所まで行ってみるか。
「よいしょっと。」
うん。喧騒がだいぶ遠ざかった。
「この時期はフナムシもいねーのかな。」
神割崎とか、海王丸パークではヤツらに苦慮したもんだが。
「道志も通れたし。これで、悔いはないなぁ。」
潮臭くさすぎない、心地いい太平洋の風が頬を撫でてくれる。
「あとちょっとで…、」
あとちょっとで。
そう、呟くと、不意に口が閉じてしまった。後の言葉が、紡げない。
あとちょっとで。
終わり。
「…なんだよなぁ。」
今だから正直に言ってしまうと、ツラくてツラくてしょうがない日もあった。
なまじ”1年かけて全都道府県を周る”と誓っていたぶん、余裕がなくなったら帰るとか、中断するとか、そういう妥協はできなかった。自分で旅に出たはずなのに、自分に強制させられて旅を続けていたような。まさに、旅行ではなく旅であった。
だから、”早く終わらねーかなぁ。”なんて、何度となく思ったものである。
…思ったものである、筈なのだが。
「…もう、自販機のジュースが死ぬほど美味い!って感じることもないんだろうなぁ。」
「数日ぶりに温泉に入って、フゥっ、って一息つくのも。」
「野宿場所を見つけて、ホッっとするのも。そんで、テントを張ってるころに”夕焼け小焼け”とかがスピーカーから流れてきて、ジンとするのも…。」
もう。もう。
「………!」
終わりなんだよなぁ。
涙が一筋、頬を伝った。
もう知らない絶景道を走って思わずニヤけちゃうのも、夢にまで見た景色を見て泣けちゃいそうなほど感動するのも。見ず知らずの誰かと話せて、励まされて、嬉しくなって堪らないのも。
「…! …~~~っ!」
終わりなのである。
無論、旅になんてその気になれば何度だって出られる。だが、私にとっての人生初めての大冒険は、この日本周遊の旅は、もうこれで、文句なしに一生に一度きりで、終わってしまうのである。
「あーダメだ。」
声を出して泣く術など知らないから、ただただ苦虫を嚙み潰したような変顔で、眼をにじませる時間が数分続いてしまった。
両頬を、掌でパンと叩く。
「泣けるほど良い旅ができたってことだ。」
終わらせよう。
良い旅だからこそ、きちんと幕引きをしてやらなければならない。
きちんと終わらせて、想い出を噛みしめて。それを力にしてまた、次を始めればいいのだ。
人生という旅は、前にしか進めないのだから。