寒空に立ち止まる
12月24日
「お、さすがに恐いな…。」
山中湖近くでイルミネーションをやっているというので、日が落ちてからゲストハウスを抜け出て河口湖駅へ歩く。さすがにこの暗さと寒さでロケットⅢを動かしたくはなかったのだが、富士の住宅街はちょっぴりスリリングだ。
意外に思えてしまうが、どんなに名高いといえど自然遺産のある街なんてこんなものである。
20分ほど歩き、河口湖駅に到着。河口湖線、ひいては富士急行線の終点にあたる、端っこの駅だ。
中に入り、待合室のベンチで路線バスを待つ。
もう土産屋も店じまいし、人気の少なくなった駅内に「次は二子玉川ゆき~…」といったアナウンスが響く。
窓の外に見える高速バスは、"新宿"とパネルを光らせている。
“ああ、もう本当に、東京のすぐそばまで来てしまったんだな…。”
感傷的な気持ちに浸り…たかったのだが、目の前のベンチで外人カップルがイチャつき始める。ああ、なんでこう外人は声がでかいんだ。私はまだ英語力が養われていないから、内容が聞き取れないのが救いだが…ああしかもスキンシップまで…、鼻につく!
クリスマスだからこういう光景を見るのは覚悟していたのだが、やはりヒザを揺らしたくなる私はまだまだ未熟である。
帰りのバスでも、確認しておくか…。なになに、『花の都公園』から河口湖駅ゆきの終電(バス)は、18時半…。で、今から向かって到着するのが18時前…。
「って、30分しかおれないやん!」
あぶねーあぶねー。危うく帰還不可能となるとこだった。
寒い中歩いて損をしたが、無駄金を使わなかっただけマシだろう。ゲストハウスに戻るか…って、あ! あのカップルどもゴミ放置してるし!
菓子の箱をゴミ箱にねじ込み、往路よりまだ店の光が多い通りを歩いて帰る。
“あ、コンビニで晩飯買ってかなきゃ…”
「………。」
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「メリークリスマスだな、相棒。」
ささやかながら、聖夜を祝ってワイングラスを傾けるのであった。
~~
12月25日
「おお、今日も良い富士だ。」
ゲストハウスの屋上で、起床一番の富士を見る。
ここらに住んでいる人は、毎日こんな景色を拝めるのか。もう慣れてしまって、その有難みも忘れちゃってたりするんだろうなぁ。
今日こそは早めにイルミネーションの会場に赴き、クリスマス気分を味わおうと思う。
「首は…まだ不調だなぁ。」
バックパック内の在庫が尽きたので、ロケットⅢのサイドバッグにしまっておいた、ロキソプロフェン湿布を一つ取り出す。
旅に出る直前、関節痛に悩まされていた折、医者に”長旅になるから”と大量に薬と湿布をもらっていたのだが。旅に出たら不思議と完治してしまって、結局使う機会はないと思っていたのだが…。
「ここに来て役に立つとはな。」
湿布を首筋に貼り付け、再度河口湖駅へ歩く。
足の関節痛に悩まされていた時も思ったのだが、不調になった時こそ、正常であることのありがたみっていうのはよくよく分かるものである。
痛みなく歩けるのって良いな、首を自由に動かせるのって良いな、…普通にバイクを操作できるのって、良いな。
富士山じゃないが、自分もつくづく恵まれているのだ、とちょっぴり自覚した次第であった。
15時45分。
周遊バス『ふじっ湖号』に乗り、山中湖方面へ向かう。周遊バス含む付近の路線バスで使えるパス(二日間1,500円)が用意されていたので、それを利用することにした。暇なら、明日もぶらぶらしていいだろう。
花の都公園前まで、けっこう長い。富士急ハイランドや、忍野八海にも寄りながら走るのだから当然か。
1年間バイクに乗りっぱなしだったせいか、情けないことに若干酔ってしまう。
「なんというか…すごい辺鄙なとこに来てしまったなぁ。」
開けているぶん富士山も良く見えるが、もうすっかり黒っぽい色に染まり始めていた。まぁ、イルミネーションを見に来たんだからそれでいいんだが。
花の都公園・清流の里はイルミネーション期間中入場無料。
有り難いことに焚火や暖房の効いた屋内休憩所、軽食売り場もあったので、暗くなるまでそこで待たせてもらうことにする。
そろそろ、暗くなってきたか。
休憩所を出てみると、予想以上の数の電球たちが冬の闇に瞬いていた。
「これは…なかなかに来た甲斐があった。」
以下、コメント省略。
キレイだったとしか言いようがない。
園内には『溶岩樹型地下体験ゾーン』なるものもあった。
樹木を取り囲んだ溶岩が固まり、代わりにその樹木が焼失することでトンネル状の空洞が形成されるそうだが…。イルミネーションに夢中だったので、あまり頭に入ってこなかった。
前もどこかで書いたが、人は暗くて寒い時にこそ光に安堵を見出すから、冬のイルミネーションは人を惹き付けるのだという。
我ながら男一人で、クリスマスという行事を必死に楽しもうとしている姿に笑ってしまいそうだが…。やっぱりクリスマスに見る光の群体というのは、良いものである。
さて、寒さで指もかじかんできたし、帰りのバスも間もなくだろうから帰るか。
~~
河口湖駅でバスを降りて、また暗い道を変える時。
“あれ、この雰囲気、前もどこかで味わったような…。”
何もない暗い夜道、歩く横を車のヘッドライトだけが通り過ぎていって。
…ああ思い出した、旅に出てすぐの、川越を歩いていた時だ。
「…あの時は、本当に右も左もわからなかったなぁ……。」
当時は不安でしょうがない気持ちで一杯だったが。今はこの状況を、楽しんでいられる余裕を持てる。
立ち止まって、星空を見上げて。「綺麗だな」と呟く余裕を持てる。
成長したなぁ…。
「…お、首だいぶ良くなってるやんけ。」