年末景色
12月18日
「おーいいね、晴れてるね。」
恵みの太陽だ。なんとか、チェックアウト時間までに道路の湿り気は蒸散してくれたらしい。
“また三重に来たら来てください”と管理人さんに見送られ、山を下りる。
思いもよらず訪れた場所だったが、なかなか良い処だった。言われたとおり、また三重に来たら来ようっと。
コンビナートの街、四日市。
管理人さんに聞いたところ、三重の中心地は津ではなく四日市とのことだ。
その中心地からさらに隣の中心地…名古屋へ通じる国道23号は、さすがに混んでいる。いつぞやの大阪を思い出すような、鼻をつく排気ガスの香りが充満していた。
文字どおり長い洲である長島を踏み越え、愛知県に突入する。
いよいよ、終わりが近づいてきた。
愛知は大阪と同様コロナ禍が深刻な地域であるため、あまりぶらぶらできる余裕はない。
というか、そもそもどこを巡れば楽しいのかという予備知識もないため、ぶらぶらしようがないのだが…。
一つだけ、行ってみたい場所はあった。
国道22号を北上し、街並みを背に追いやっていく。
清州を越え、一宮へ、やがてかつて見た岐阜のビル群が見えるほどにまで県境に近づいた町に、目当ての場所はあった。
「すみません、突然お邪魔してしまいまして。」
「いえいえ。ええと、去年受注してくださった方ですよね?」
「はいそうです! “小食み出し鍔”の者です!」
履歴を見てくれたのかな。それとも覚えててくれたのかな。どちらにせよ、嬉しいことだ。
訪れたのは、『肥後虎』という刀の工房である。旅に出る前、私はここで居合練習刀を作成していただいたのだ。
とはいえメールでのやり取りであったため、互いに顔を会わせることはなく刀は完成し、私の手元にそれは渡ってきた。練習刀とはいえ武士の魂とも呼べるものだから、一度携わっていただいた方にご挨拶ができればと思っていたのだ。
「今、このバイクに積んでらっしゃるんですか?」
「いえ、実は警察の方に…ゴニョゴニョ」
「ああ、言われるでしょうね。」
情けない話である。
ただご挨拶したかっただけなので、立ち話に付き合わせる形になってしまったが、話は意外と盛り上がる。工房の方も居合道や体術を練習していらっしゃるほか、バイクに乗っていたこともあるそうで話題はちょっぴり多岐に及んだ。
…なんというか、武術の経験がある方に作っていただいたというのはもちろん、同じような趣味を持つ方に作っていただけたという事実がわかって、とても嬉しい。
「立ち寄った記念に、写真とか撮っても大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、写真はご遠慮させていただいてるんです。」
“刀制作”というキャッチーな仕事をしているためか、よく雑誌などの取材も申し込まれるそうだが、みな断っているのだという。
「…不躾ですが、どうしてなんでしょう? 取材を受けたら、少なからずギャランティとかももらえるでしょうに。」
「元々、ウチは刀剣屋や武具店のみの受注を受けていた工房だったんです。それが2001年あたりにホームページを作って、一般の方の注文も受けるようになったら、思いのほかご注文がありまして…。」
刀の納期が1年に延びてしまうほど、多忙な日々となってしまったのだという。そこで”これ以上、お得意様にご迷惑はかけられない”と、新規の買い手を増やすような真似は避けるようにしたとのことだ。
「ウチは企業じゃなくて、職人の塊なので。できるだけ、お得意様を大切にしていこうかな、という方針でいこうかなと…。」
「へぇえ…! なんというか、それを聞いて逆に安心しましたよ。」
利益を重視するなら、どんどん名を上げて注文を増やして、人手が足りなければ適当に補填して、大量生産&大儲けをしようと舵を切るのが一つのセオリーだろう。
しかしここの方は、そんなことはしない。あくまで高品質であることに誇りを持つ、匠だから。
“ここに注文して、良かった。”
あらためてそれを実感し、見送られながら工房を去った。
~~
来た道を戻り、名古屋市街へ。
GoToが適用されているうちに、宿をとっておいてよかった…。都会の宿は安いのだ。
“請求書を印刷がてら、少しだけ歩いてみるか…。”
名古屋城も近いけど、さすがに恐いので栄駅のメインストリート…『久屋大通り』を歩いてみる。
さすがに都会だねぇ…。
名古屋テレビ塔。
大通りにテレビ塔……札幌を思い出すなぁ。
ん、なんだあの光線は。
どうやら謎の円錐から緑ビームは発せられ、舟型のオブジェを通ってテレビ塔へとそれは照射されているらしい。
色んな街を見てきたが、こういうのは初めてである。何を表現しているのかはわからないが、見ていると無意味にワクワクするから理由なんていらないか。
そばにあった、『フラリエ』なる庭園へ行ってみる。
こじんまりとしているが、いい感じの庭園じゃないか。
近くのオフィス街の人らが、弁当を持って来てここで食べるのかな…。
“街中だからこそ緑が必要ですよね”
そう、神戸で山下シェフと語り合ったことを思い出した。
それにしても。
ああ。こんなにイルミネーション飾っちゃって。
そうだよなぁ。いつの間にか、クリスマスももう来週だもんなぁ。
ほんと、時が経つのは早い。
いや、もうそれどころじゃないか。
街中に出れば、正月を思わせる広告が否応なしに目に入ってくる。
“帰省は控えてください”、なんてコロナのせいで言われるんだろうけど、名古屋や札幌、大阪、東京、の人は帰れるんだろうか。帰りたいよなぁ…。
都会も田舎も、どっちもたくさん見てきたからわかる。どっちも楽しくて、どっちも美しい。
だから各々、帰ってやりたいことがあるだろう。
そうだなぁ。
「俺だったら…。」