初雪
12月16日
さすがに最強のパワースポットといえど、平日のど真ん中、水曜の朝となれば道は空いているか。
やっとたどり着いた。伊勢神宮。
ここまでの道程が、どれほど長かったことか。それこそ心境としては、ガンダーラやめざせモスクワな気分であった。
バイクは、境内の入り口である宇治橋鳥居のすぐそばに無料で駐められた。もちろん参拝料などもとられない。やはり神社仏閣というのは、こうでなくては。
宇治橋で五十鈴川を渡り、神苑へ。
“お伊勢さん”と親しまれる伊勢神宮だが、正式な名称は区別名を付けないただの”神宮”。神社本庁の本宗、即ち総ての神社の上に立つ神社であり、それは内宮こと皇大神宮と外宮こと豊受大神宮の二つで構成されている。
今回お参りするのは、各地を巡ったのちこの五十鈴川(いすずがわ)のほとりに鎮まったという、総氏神・天照大御神を祀る皇大神宮だ。
いくつもの長齢樹木に見下ろされながら、参道を歩き正宮へ。
この時間でも参拝客は多く、皆きちんと右側に寄って歩いているのが印象的である。戻り道は別途に用意されているため、対面する人はいない。
老若男女問わず参拝できるための配慮なのか、道は平坦で短すぎず長すぎず。
玉砂利がブーツの穴を貫通しカカトを突っつく痛みに耐えていると、ほどなくして正宮に到着した。
日本最高位の神社は、かなり質素だった。だけどまぁ、それが日本らしくてどことなく親しみが湧く。
警備は厳重なようで、鳥居前には警備員が、それをくぐった奥にも神職の方が数人滞在している。また石段より上からは、写真撮影が全面的に禁止されていた。
賽銭箱の前に立つ。
“最高位ぐらいにはお賽銭……いや、いっか。私からしてみれば、神社に上も下もない。”
二礼二拍手をして、頭を垂れる。ロケットⅢと無事東京へ……いや、それからも、快進できますように。
回れ右をして、別宮の方へ向かう。
荒祭宮。
神様のおだやかな働きは”和御魂(にぎみたま)”と呼ばれ、逆に荒々しく顕著な神威を表す働きは”荒御魂”と呼ばれるらしい。ここは、その荒御魂を祀る場所。
続いては…、ん。カッコいい名前だな。
風日祈宮。神風を吹かせた、風雨の神・級長津彦命(しなつひこのみこと)と級長戸辺命(しなとべのみこと)を祀る神社である。
社殿の隣に、小ぶりな小屋…とも呼べない社が置いてあるのが不思議である。その周りの土台は立ち入り禁止となっていて、小ぶりながら大事なもののようである。
一帯は森の中をくり抜いたような空間となっており、囲む深緑が喧騒を全て跳ねのけてしまっていた。
正宮と違って人も少ないし、ここはなんだか居心地がいい。
ベンチがあったら、暫く居座ってしまっていたかもしれない。
もっとも陽の光も届かないから、そのまま居眠り…なんてことはできないな。なんて思いながら、冷えた手をさすり境内を出ていった。
~~
さて、と。もう行っちゃおうかな。
おかげ横丁方面も気になるが、欲しい物も買う金もないし、何よりまた修学旅行生がいるので、落ち着かない。
さっさと歩を進めてしまおう。
帰る際はものすごい行列を拝めた。恐るべし。
伊勢湾のやや内陸を進む、国道23号線で一気に北へ向かう。
昨日の山のようなカーブはないが、一帯には”北海道か”と言いたくなるほど建造物が少なく、真っ平な平野が続くため横殴りの風が絶え間なく私とロケットⅢを襲う。
指先の感覚は30分と経たずに消え失せたが、油断をすればすぐ強風で車体が傾くため、体全体に気合を入れそれを支える。
三重というのは、いつもこんなに風が強い場所なのだろうか。
そんな状況だから察してはいたが、県庁たる津に入っても高層ビル群などは見えない。
いつの間にか街に辿り着いて、知らずのうちに出ている、という感じであった。
~~
吹きっさらしの先に工場地帯が見えてくる。
“四日市ぜんそくとか習ったし…、あれが四日市の街かな。”
意地を張らず、今晩も宿はとってある。この四日市の山の方に宿はあるはずだが…。雲が厚いな。
昨日の比じゃないぐらい、雪が降ってきたな…。
このまま山の方へ向かって、大丈夫なんだろうか?
どうやらここ―水沢地区は茶葉で栄えている地域らしい。
日和が日和だったら和む景色なのだが、昏い空の向こうに見える雪山のおかげで、心底落ち着かない。
「多少…町から離れてもいいやと思っていたが…。」
なぜそういう日に限ってこんな天気なのか。
まだかな宿、もう見えていいだろ宿、と念じるが、一向にその姿は見えずロケットⅢは高さを稼ぐだけ。
そしてついに、積雪を目にするところまで来てしまった。
「いやぁ…。これはもう、昨日みたいに見て見ぬふりはできないね。」
文句なしの初雪だわ、これは。
キャンセルして引き返そうかとも思ったが、ほどなくして宿には到着。
ライダーだという管理人のもてなしは暖かいし、バイク駐車場は屋根付き。部屋もマンションの一室のように広くて綺麗なので、もうここで泊まることにした。疲れたし。
それにこの眺望はなかなかのものである。伊勢湾に、知多まで見える。管理人さん曰く今はレギュレーションで静かになったそうだが、鈴鹿サーキットを走るF1の駆動音がここまで響いてくるそうだ。
「明日の朝は積もるかもしれないですね~。」
なんて管理人の言葉に戦慄しつつ、布団にくるまるのだった。