人知らぬ伝承
「ええ、私もおじいちゃんおばあちゃんの世代からよく聞いてましたよ。家の近くには幹がねじれた木があるんですけど、それは蛇が巻きついたからなんだよー…とか。
でもお墓があるっていうのは初めて聞きましたねー。田辺のほうかな…。」
白浜で見つけたゲストハウスに身を寄せ、管理人さんに清姫の話を聞いてみる。やはり和歌山の人にとっては、メジャーな話のようだ。
12月13日
その清姫伝説を巡る旅の最終目的地・清姫の墓は、白浜から山の方へ向け一直線に上ったところにある。管理人さんに見送られながら、ロケットⅢのギヤを1速に入れた。
白浜はその名の通り、白い砂浜が目玉となっているリゾート地らしい。網は…、コロナ対策だろうか。
今回はひとまず寝ただけの場所になってしまったが、またじっくり観光に来たいところだ。
国道311、富田川沿いをひたすら上る。この道は熊野大社まで続いているようで巨大な山々が目を引くが、今回は手前までの旅とする。
紅葉と植樹林が真っ二つに分かれた山を確認すると、まもなく清姫の墓がある中辺路町に到達した。お墓があるのは国道のそばだが、先に集落の奥にある真砂一族住居跡へ向かう。
なんだか新潟の親戚宅を思い出すような、隔絶された坂にこさえられた集落。
その山肌に、”清姫生誕屋敷跡”の柱があった。
急峻な竹林の小径を上っていくと、やがて小ぶりな石垣が目に入ってきた。
「…ただの、荒地にしか見えないねぇ…。」
だが、しっかりと解説板は立てられている。かつて本宮大社より遣わされ当地の国造りを任せられた真砂一族だったが、豊臣秀吉の紀州攻略に遭って滅亡。清姫は3代目清重と後妻との間に生まれた子で、わずか13歳にして没した…。
といったことを教えてくれた。
さて、いよいよお墓だ。
集落の坂を下りていき、富田川沿いに戻って石碑を視認する。
道成寺にあった蛇塚も清姫のお墓といえるのだろうが、果たしてこちらは…。
立派な巨岩に伝説が刻まれていた。
“知っている内容と同じだとおもうけど…”と渋々目を通してみたのだが、こちらには世であまり知られていない更なる逸話が記されていた。
妻に先立たれた真砂の清重は、ある日黒蛇に飲み込まれそうな白蛇を助け出す。その白蛇が数日後白装束の女遍路としてこの地へやってきて、そのまま清重と夫婦の契りを結ぶ。そうして生まれたのが清姫だったというのである。
そして清姫13歳の頃、件の安珍がここへやってきたのだが、安珍は見目麗しい清姫に惚れていたそうなのである。周囲にもてはやされ清姫もその気になったというのだが、ある晩安珍は障子に映った清姫の身が蛇になっていることに戦慄し、以降は清姫を避けた…ということだ。
「なんてこった…。元々は両想いだったってことなのか……。」
そして薄々感づいてはいたのだが、僧の故郷という奥州白河とは福島県白河市のことらしい。思いっきりそう書いてあった。ウチのモンがごめん! 清姫!
石碑には、ゲストハウスで聞いた捻木のことなども書いてあった。
清姫亡きあと、清姫がここでその長い髪を揺らしながらよく泳いでいたことから、里の者たちはここの渕を清姫渕と呼び、碑を建立。以降清姫のお墓として供養しているらしい。骸があるわけではないようだ。
もちろん、伝説なんて数多も説があるものである。どれが正しいかなんてわからないし、正しいと主張するのも野暮ってもんだが。
それでも私としては、こちらに書いてあることが真実だと信じたい。そう願って、手を合わせた。
だって、あまりにも世の人々が知っている内容では、救いようがないじゃあないか。
清姫渕の水は、富田川に合流して海へと向かい流れていく。
その幾メートルか上方では、国道沿いにいくつもの車が走り抜けていっている。
「彼らは、見下ろしもしないんだろうな…。」
その光景はなんだか、どんな物語もいずれは忘れ去られ地の底に埋もれていくのを物語っているようで。無性に胸が締め付けられるのであった。
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島が見えない、一直線の水平線が臨める私好みの海岸線をひた走り。
辿り着いたのは、串本市は本州最南端の土地・潮岬であった。
「正直、本土四極を巡った身としては……。申し訳ないが、そこまで感動はしないんだよなぁ笑」
そのぶんアクセスがしやすいからか施設は整っており、上の写真で見える芝生の後方には、大展望台や土産売り場、食堂などが設置されていた。シーズンオフで無料となっているキャンプ場もあるので、今日はここで寝るとしよう。
「それにしても、ここの到達証明書は有料とは…。四極はタダでもらえるのに。そーいうところがショボさに拍車をかけてるよなぁ…。」
とまぁ、文句をダラダラ呟きながらも。
…なんとか、ここまで来れた。
ロケットⅢが不調でどうなることかと思ったが、ひとまずは紀伊半島半周である。この調子で、残り東京までも走り抜けたいものだ。
岬からは、いくつもの貨物船が見られる。太平洋だからな、きっと外洋まで行くんだろうなぁ…。
日本全国で見てきた海も、いよいよもって見慣れた様子に近づいてきている。あともう少し。あとちょっと。呟きながら、床につくのであった。