風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

蛇の道

1212

 

「今日はちょっと大移動になるぞっ。」

とロケットⅢに言い聞かせ、奈良を出発。

 

今まで1週間も1県に滞在してたこともあったのが嘘のようだが、奈良はこれで終わりだ。

12月末のゴールは確定してしまったので、残る県が速足となるのは仕方のないことである。

申し訳ない。また日本を一周する機会があったら、次は逆周りにしたい。

 

 

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「バイパスはギヤチェンジがないからラクだなぁ…。」

国道24を使い、和歌山市を目指す。

和歌山県…つまり紀伊半島は、かなりデカい。できれば奈良から熊野方面へと縦断して距離を縮めたかったのだが、当然ながらその場合は山道を通る訳で。今のロケットⅢにそれは苦行だと判断し、紀の川沿いに海へ出て、それから半島沿岸をグルリと周ることにしたのである。

 

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今日の天気はいまいちパッとしない。五條市あたりは朝霧なのか埃なのかよくわからないカーテンが山を覆っており、日光を拡散させている。もともと今日は雨予報だったこともあるのか、肌寒さもある。

 

 

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和歌山県到着。

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そのまま紀の川沿いに下り、未だ紅葉を抱える岩湧山や和泉葛城山を眺めつつ和歌山市に入る。

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奈良といい、近畿南部はあったかいのだろうか。まだこんなに紅葉が見られる。

 

 

さて和歌山では何を見物しようか…ということなのだが、今日は当てを用意してある。

先日地図を眺めていた際、和歌山の沿岸部に『清姫草履塚』『清姫の腰掛石』…と、清姫なる人物にまつわるスポットをいくつか発見し、その由来を探ってみることにしたのだ。

 

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和歌山城の前で国道42に分岐し、海沿いへ。

 

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有田。

「おお、こりゃ凄い。」

霞むほど遠くまで連なる山肌に、際限なくミカンが植えられている。

じっくり写真に収めたい気も、ミカンを味わいたい気もあったが、今日は大移動。時間がない。弱ったロケットⅢをいちいち止めるのも気が引けたので、道を急いだ。

 

 

白い岩々が眩しい白崎海岸にも行ってみたかったのだが、我慢して御坊市へ。

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道成寺なる寺院に辿り着く。辺りは田舎だが、この参道だけ少し賑やか。

此処が清姫に縁のある場所らしいのだが、どういう関係なのだろうか。

 

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仁王門に続く石段。左右の土手はこちら側から見て逆ハの字になっているらしく、目の錯覚によって上る際は短く、下る際は長く見えるのだという。

お参りの方々が少しでも歩きやすいよう、おもてなしの心が込められています。

と看板は語っているが、目の錯覚はおもてなしなのだろうか…?

 

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道成寺。

 

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三重櫓や宝物殿なども境内にあるが、どこか寂しい雰囲気漂う質素な場所である。

 

お参りをした後看板などに伺ってみると、どうやら清姫の逸話は『安珍・清姫伝説』というらしく、能や浄瑠璃などでも描かれたけっこうメジャーなお話らしい。

928年夏の頃。奥州白川より熊野に参拝に来た、若い僧―安珍と老僧が田辺市のあたりに宿泊した。その様子を見ていた真砂の庄司清次の娘―清姫は安珍に一目ぼれし、夜這いとかしてアタックしまくったそうだ。

安珍は修行中の身ゆえ姫の行為に困り果て、参拝から帰るときにまた立ち寄りますと嘘をついてその場を凌いだとのこと。もちろん参拝の帰りには姫のもとへ寄らずとっとと帰路に就いたのだが、それを知った姫は大激怒。僧を追跡するのだった。凄い話だ。

道中でついに姫に追い付かれる安珍だったが、別人だと重ねて嘘をついたり、熊野権現にお願いして姫を金縛りに遭わせたりと、安珍も安珍でけっこう酷い手立てで姫から逃れようとする。姫の怒りは頂点に達し、その身は怒りのあまり蛇へ変身。道成寺に駆け込み下ろした鐘の中に隠れた安珍だったが、姫はその鐘にグルリと巻き付き。そのまま口から炎を吐き、安珍を鐘ごと焼き殺してしまったのだそうだ。その後姫は入水自殺した。

「おっかねーハナシ!」

 

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この桜が植えてある場所に、件の鐘楼があったみたいである。

迷惑な恋煩いもいけないけれど、嘘をつくのはもっとよくないね! 二人が成仏するよう、あと自分はそんな目に遭わないよう手を合わせておいた。

 

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境内から出て少し西に歩いたところには、蛇塚(じゃづか)なるものが。

これは清姫を憐れに思った人々が入水した大蛇の骸を引き揚げ、弔った塚なのだという。こちらにも手を合わせておいた。

「蛇かぁ…。」

そういえばこの旅では運よく熊にも猪にも出逢っていないが、割と蛇には出逢っている。石川の能登では道路を横断していて、滋賀の安土城址では石垣の中にスルスルと入って行って、鹿児島の三段峡では目の前を横切って川に下りて行った。

「………。」

一応、他の清姫スポットにも行っとこう。

 


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ちなみに道成寺にはもう一人、髪長姫こと宮子姫にまつわる伝説もある。

美しい髪を持つ宮子のそばに飛んできた雀が髪の毛を一本持ち去り、それが巡り巡って時の右大臣・藤原不比良のもとへ。

不比良は美しい髪の持ち主を探すよう命じ、やがて持ち主たる宮子は藤原家の養女、後の文武天皇の后になるという、まさに日本版シンデレラな伝説である。こちらは救いようがあってよかった。

道成寺はその文武天皇の勅願によって建てられたものなのである。


道成寺の西にあるのが、上のなんともいえぬ髪長姫像。

備え付けられた解説板の冒頭、能も踊りも安珍清姫の伝説によっているのを、つねづね残念に思っていました―という一文がなんとも切ない。

 



~~

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清姫草履塚。国道のすぐ脇、農家の畑の中にあった。

ここにかつてあった松は清姫が安珍の行方を見る際に上られた木だそうで、そこからは日高川を渡る安珍の姿が確認できたそうだ。慌てた清姫は草履を脱ぎ棄て、跣で安珍を追ったのだという。

また、安珍がここに袈裟を掛けて逃げたことから袈裟掛の松だという一説も。

看板の最後に書いてある今はない。という一言が妙に寂しかった。

 

 

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清姫の腰掛け石。こちらは国道からちょっと脇道に入った民家そばにあった。特に解説板などはない。

大きく石が窪んでいるから、ああここに座って休んだんだろうな…というストーリーは想像できるが。

清姫そんな重かったかなぁ!? これはかえって、失礼な史跡なんじゃないかなぁ!!?

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後ろには桜の木と、椿の花が息づいていて小さいながらも趣きがある。

こういう誰にも知られてない風の史跡って、なんかいいよなぁ。


さて次だ。

 

 

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国道そばの波止場にある、清姫の袖摺岩。ここはもう他二つと違って石柱も何もないし、グーグルマップに記されていなかったら素通りしてしまうほど何もない場所である。

「当時は、この岩スレスレを通らなきゃいけない道しかなかったのか…な?」

としか思うことができない。

 

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さて、あとは清姫のお墓なるものもあるそうだが…。流石に日が暮れてきてしまった。

お墓は明日にしよう。今日はもう、ほんとに長いこと走って疲れた。

振り返ってみると、ロケットⅢのことが気がかりで一時停止もままならず、ミカン畑も太平洋に沈む夕陽も写真に収めることができなかった。歯がゆい。

 

まぁ、また来ればいいさ。また。次は時計回りでね。

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