暗闇に光を見出す
12月8日
「こっちも大方、散ってきてしまったな…。」
泉さんの奥さんに勧められ、自転車を借りて大阪湾を臨める矢倉公園へと向かう。
冗談じゃなく数年ぶりの自転車なので、操作に最初は戸惑ってしまった。バイクより難しいんじゃないか、これ。
毎日ご飯までいただいたりと、本当にお世話になりっぱなしだった。次は何かしらのお力添えができるよう、成長してまた来訪したい。
そのためにも、この旅はなんとしても完遂させて強くならねば。
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12月9日
奥さんにお弁当をいただきながら、お別れと再見の挨拶をする。
無事、原付免許を取得できた息子さんも登校前に来てくれ、声をかけてくれた。
そうだ。彼含め後世の旅人たちに恥じないためにも、私はなんとしてもロケットⅢと共に帰るのだ。
国道163を東に向かいながら、改めて操作を確認する。
「なんかエンジンの警告灯がついたな…。」
まぁ、油圧警告灯と違って即アウトではないから、大丈夫…だろう。
ギヤインジケーターがでたらめな表記をするから、もしかしたらインジェクションも今が何速かわからず困っているのかもしれない。
「やっぱり特にヤバいのは、2速と4速…。」
共通して使う歯車が異常をきたしているのだろうか。編集部時代、シフトは何枚かの歯車が組み合わさって成されていることを本で読んだ。シフトによっては、同じ歯車を使う組み合わせもある。
だったら、ノッキングは起こしてしまうけれど。半クラも多用して、1・3・5速で乗り切っていこう。問題はギヤインジケーターがイカれているから、今が何速かわからないのはいいとして、可笑しいことにギヤがかみ合っているかどうかさえわからないことだが…。体の感覚で判定するしかない。
なんとか暴れ馬を制しつつ、奈良県へ入る。
久々の海なし県。となれば見どころは山だが、今の状態で登坂をする気にはなれない。柳生の町なども気になるけれど…。あんまり柳生好きじゃないしいっか(子連れ狼やシグルイの影響)。
すると残るのはやっぱり東大寺や法隆寺といった平地の寺だけど、メジャーすぎてなぁ…。
と珍しくグーグル先生と押し問答していると、法隆寺の近くに面白いスポットを発見する。
「ほう…聖徳太子が修行したとな…。」
あの人修行とかするタイプだったっけ…。まぁいいや。気になったが吉、行ってみよう。
奈良っぽい田舎だけど風情のある町中を抜けて、南下。
登坂はやめとくとか言ったのに、こういう時に限って滅多に通らないレベルの坂につかまってしまった。
2速が使えないから、相当キビしいのだ。
「前のクール宅急便、早く行ってくれ~~~! 3速に入れられん!」
目的地とした朝護孫子寺は信貴山(しぎさん)の麓だと思っていたが、それでもけっこう上るらしい。エンジンの苦しそうな声に顔をしかめながらも、なんとか駐車場に到着する。
なんだこの………え、虎なの? コレ…。
なんだかイメージと違う白虎像と目が合う。
白虎は四神が一柱で、担当は西。ここ信貴山はその西の守護神の位置づけにあるらしい。
バンジージャンプなんかが行なわれるという開運橋を眺めつつ、参道へ。
「おお、ここはまだ残っているのか…。」
色濃すぎず、重々しすぎないふんわりとした紅葉。あちこちを移動し続ける身だと、もう何時が紅葉の見どころなのかわからなくなってしまう。
それにしても、この石灯篭の列。神社じゃなくて寺だからだろうか? なんか、今までに見てきたものとは異質な感じがする。
境内にはいくつもの虎の像が。
世界一福寅……なんだ、コレ…。
何故だか、中華テイストがするんだよなぁ…何故だかなぁ…。
脇道の劔鎧護法(けんがいごほう)様への道。
うーん、夜には来たくない感じだなぁ。言っちゃダメだろうがおかしなモニュメントと相まって、ちょっと心が不安定になりそうである。
ありました。聖徳太子の像。
聖徳太子というと長い帽子とカンペ棒を持ってるイメージしかないが、こういう姿もアリなのか。
なんでも太子は国を脅かす朝敵・物部守屋を討伐する際、この山に来て戦勝の祈願したのだという。すると頭上に毘沙門天が降り立ち、必勝の秘法を授けたのだとか。その時間が、寅年、寅の日、寅の刻だったそうである。
太子はその加護で敵を滅ぼし、毘沙門天王の御尊像を彫刻。”信ずべき、貴ぶべき山”としてここを信貴山と名付けたんだって。
成福院。
おお…紅葉と相まってなんと美しい姿だろうか。
時期はちょうど見ごろを過ぎたぐらいで、まだまだ目を楽しませられる良い時に訪れられたようだ。
先ほどまでの不安感は不思議となくなり、心が何故か軽くなっていく。
緩い坂を上り詰め、本堂へ。
祀ってあるのは、もちろん毘沙門天様。珍しくこの中にも立ち入らせていただくことができ、その御尊像を目の前にしてお詣りをすることもできる。
さすがロケットⅢをヒイヒイ言わせただけあって、けっこう上ってきていたみたいだ。
さてここでは、あまり他ではできない体験として戒壇(かいだん)巡りができるらしい。
戒壇巡りとは、本堂の地下通路に潜っていきそこを歩くことで参拝をするというもの。
ここではそこに高野山から降りてきた覚鑁上人が納めたという如意宝珠が置かれており、それを安置する扉の錠前に触れると、御利益があるそうだ。
ぜひやってみたい。200円払い、ルートを案内してもらって本堂の脇へ。
ルートといっても、ただ四角形状の通路を周るだけ。説明なんて受けなくても…と思ったが。
そう。
戒壇とは、灯りが一つもない漆黒の通路なのである。
だから、たとえ簡素なルートだとしても事前説明は必要。必ず右手は壁に、という忠告も必要という訳だ。
…まぁ、花やしきと違ってオバケが出る訳でもない。さほど恐れずに石段を下り、暗黒の中へと身体を溶かしていく。
「ほんとに…、なんも見えないな。」
案内灯こそあるものの、それ以外の視界は全くの黒で塗りつぶされている。音も無い。
おかげで通路はかなり広く見えるが、右手を壁に付けたまま左手を伸ばすと、そのままそちらも壁に付いてしまうほど狭い。
右手を壁に這わせつつ…、前へ、前へ。
と、不意に壁がなくなる。
「っと、もう曲がり角か…。」
驚くべきことに、目前に迫っていた曲がり角の壁にさえ暗すぎて気づかなかった。右手を使っていなかったら、激突していただろう。
途中で十二支様にお参りをし、最後の直線路で宝珠が納められている木の扉を探す。
手の感触が、石の壁から木材の柔らかい物へ。これが扉か。
錠前は…、どこだ? 胸のあたりにあるって言ってたけど…。
数十秒ほど右往左往しながら壁をペタペタと触り続けていると、指先がコツンと硬い物にぶつかる。あった!
錠前をサワサワと触り、手を合わせて願掛けをした。
“ロケットⅢと、無事帰れますように…!”
~~
なんだかまた不安になる造形の虎の胎内くぐりをしながら、下山する。
竜王を祀っているという山頂の空鉢護法も気になるが、上り続けていたら日が暮れてしまうかもしれない。今日は法隆寺にも行ってみたいし、このぐらいでいいだろう。
ロケットⅢのもとに戻り、バックパックのウェストベルトを外す。
パキンッ
ん?
うわ。マジか…。
「それでもトレイル用バックパックかよ…。」
ベルトを固定するための、ツメが折れてしまった。ご利益どころか、さっそく災難に遭ってるんだが…。
となると、もう片方のツメも時間の問題だな。
…だがもう、正直”それがどうした”という気分であった。
いろんな物が壊れてきた。いろんな物を失って来た。何度も何度も悔しさを滲ませてきたが、それらから学んだことは”いちいち立ち止まっていても仕方がない”ということである。
だからもう気にしない。運のなさなんてクソ喰らえだ。
どんなに痛手を受けても前へと進む精神力。もしかしたらそれが、この旅で一番伸ばせた部分なのかもしれない。