風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

時の華

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「さむさむ…。」

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本当に寒くなってきた。

さっさと身体を動かして温めたいと、手早く荷物をまとめて劈掛拳の練習を始める。

掛掌を打つたび、強張って硬くなった皮膚に血液が無理矢理流しこまれる。そこで拳を握ると、血管が浮き出て少し痛い。

連日でこの寒さだ。もう、暖かくなる日は見込めないだろうな…。

 

~~

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より一層の寒さと戦う覚悟を決め、兵庫へ。

「ただいまぁっ、ひょーーご~~~~~!」

実に3ヶ月ぶりだろうか。

南下時はイマイチ見どころが見つからなかったが、今回は南側。行きたいところがけっこうある。

 

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その中の一つがコレ。ベタだが姫路城だ。

さすが世界遺産というだけあって、ご丁寧にバイパスから誘導の看板がある。

 

 

 

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到着。高え…!

 

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そしてとんでもなく広い…!

白鷺城の異名を持つ白い漆喰に銀の瓦が、視界の端から端まで連なっている。

 

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池田輝政が築城した姫路城は、螺旋状に三重の濠を巡らしその内部に城下町を取り込むという、日本城郭の特徴をよく示した構成。それが天守群、櫓、門などに至るまでよく保存されていたというのだから、なるほど人類全体の利益のために保護する価値のある文化遺産に選ばれるわけである。

 

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三ノ丸周りの桜は見事にみな散ってしまっているが、これも白黒の姫路城によく似合う光景なのかもしれない。

 

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姫路城の特徴の一つとして、石垣の質が場所によって変わっていることが挙げられる。

本城は羽柴秀吉の改築、関ケ原合戦の勝利でここへ入った池田氏の築城、その後の本田忠政による西の丸増強、江戸時代の補強、明治時代の修理…と5度に渡って石垣が組まれており、その年代によって石垣の中身が変わっているのである。

ここ上山里下段石垣は、最も古い豊臣時代のもの。凝灰岩やチャートをほとんど加工せず積み重ねた、野面積みと呼ばれる武骨な構えだ。

 

 

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ちょうどそのあたりだけ、まだ紅葉が風に揺らされ踊っている。が、下にも散った掌多数。この命も、もうすぐ…といったところだろうか。

 

さて、入城してみるか。

世界遺産だというから、金は取られるだろうな。多く見積もって、800円ぐらい……そのぐらいなら許そう。

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1,000円!」

さすが世界遺産……!

正直、財布事情を無視しても入りたいほどではなかったので、踵を返すことにした。

 

 

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仕方がないので、傍の姫路神社に参拝してその場を後にすることにする。

 

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「不思議なもんだな…。」

考えてみれば、ただの葉っぱだというのに。その命尽きる寸前は、こんなにも人の目を釘付けにするほど美しいものなのか。

一枚、また一枚と、目の前を紅葉の手が躍って落ちてゆく。

…きっと、その様が美しいんだろうな。

桜然り、花火然り。儚く散りゆくさだめだからこそ、二度と見ることのできない刹那の美を人は見出すのだろう。

 

二度と見ることができないといえば…それは時間も同じだ。

この旅も、もう二度と味わうことはできないのだろう。

一瞬一瞬が、それこそ目の前をあっという間に流れていき、記憶の底へと落ちていく。絶対にまた舞い上がることなどない。

「あと一ヶ月…。」

後悔、しないようにしないとな。

 

 

 

~~

そうそう、といえば、それにちなんでも行ってみたい場所がある。

国道2号を東へ。

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なんと姫路付近には片側…というか道路全てが一方通行の箇所があり、一通4車線という贅沢な区間があった。

交通の便はとても良いだろうが、初見の身にとっては心臓に悪い…。

 

 

が、そんなステキな道路も姫路だけ。

2号線はすぐ片側一車線になり、慢性的な渋滞に巻き込まれる。

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おかげで明石に着くころには、見事に日が傾いてしまっていた。

 

 

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そう、ここ! ここである!

兵庫県明石市といえば、日本の標準時子午線・東経135度が通る位置だ。学校で習ったよね?

この子午線郵便局では、1933年に建てられた子午線通過標と、天文科学館の日本一正確であろう時計塔を一緒に拝むことができるのである。

俺が! 俺が今! 日本の時の基準だ!!

…まぁ、正確に言えばこの経度に居る人みんななんだけどね…。私自身南下する時も通っている筈である。

 

 

そして明石といえば明石焼きだ!

懐かしいなぁ、むか~し母が運転する車で明石大橋を渡った時、食べたっけ…。

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あの旨味をもう一度…と思ったのだが、目当てにやってきた『きむらや』は閉店中。

「なにぃ! きむら! いくら遅れたとはいえ、まだ日は落ちちゃいないだろう! 同じ木村として恥ずかしくないのか! 木村重成が泣くぞ! おい木村ァ!」

 

しょうがない、他の店を探すか……と振り返ると、

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おお、あるじゃないか! 煌々と電灯を光らせる明石焼き屋さんが!

そんなわけで、『明石丁(あかしてい)』さんにお邪魔する。

 

入店すると、お客さんと店員のおばさんに風体について質問攻めに遭う。

嫌な聞かれ方ではなく、むしろ関西弁の飛び交うアットホームな雰囲気に和んでいると。まもなくして待ち望んだ品がやってきた。

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おお~~~こんなに食べていいの!?650円)

「熱いから気を付けて食べてくださいね。」

とのご注意を受けたものの、生地はおっそろしいほど柔らかく、箸でつまみ上げるとでろんと垂れ下がりちぎれそうになってしまう。

形を崩すのはいけない…!と慌てて口に放り込むと、アツアツの蒸気が咥内を満たし、悶絶してしまった。

その様子を店主のお兄さんが笑って見てくれている。

「それね、はじめに火傷しちゃうと、あとがしんどいのよ。気を付けてね~。」

たしかにせっかくの明石焼きをマヒした舌で食したくないので、見てくれは悪いが板の上で崩しつつ食べることにした。

 

うん、旨い。

前に食べたのはあまりにも昔だったので、これだと思い出せるか不安だったが…これで間違いない。

明石焼き…別名玉子焼きは、タコ焼きとは違って鶏卵を焦がさずに焼き、そして調味料なども極力使わないというシンプルな郷土料理である。

その簡素さゆえか咀嚼した時に広がる味は、主張の強いソースなどのそれではなくうっすらとした旨味の混じる油っ気。ああこの気が抜ける旨さ、懐かしい…!

…でもここまで薄味だったっけ?

「すみません。このスープって、明石焼きだとよく一緒に出されるものなんですか?」

「あっごめん知らなかったんだ! それは出汁でね、それに明石焼きを漬けて食べるのが主流なんだよ。」

あっマジで!? ヤバ、田舎モン(?)感丸出しじゃん!

「ごめんなさいね、昔食べたって聞いたから~…!」

おばさんもバツが悪そうに謝ってくれるが、まぁ出汁なしでもおいしかったので結果オーライである。

「すみません、食べたのそうとう昔ですし、あの時はたしか屋台だったから…。」

「あー、明石焼きも、本場でないところだと食べ方に差異があるからね。大阪でタコ焼きと併売してるとこなんかは、ソースかけて売ってたりするよ。」

と店主が教えてくれる。ほー、色々食べ方があるのねぇ…。

 

言われた通り箸で小さく穴を空け、明石焼きを出汁に漬けてみると…。

「うまい…!」

さきほどまでのシンプルの極みもいいが、出汁につけた一癖ある味もまた…ヤバいね。

あれだけ多く見えた明石焼きが、あっという間に数を減らしていった。

店長たちもロケットⅢやバイク旅について興味津々にいろいろ聞いてくれ、寒さが和らぐほどほんのりとしたひと時を過ごす。

「またご縁がありましたら、来てください。」

「ええ、旨かったです! ありがとうございました!」

 

 

ほんと、また来たい店風だったなぁ。

それに、明石焼きの味……。思い出せてよかったぁ。

 

一度落ちた紅葉は、もう枝には舞い戻らない。だが、それを見下ろして懐かしむことはできる。

積もっていく思い出たちは、さながら水面に浮かぶ葉のように道となって。その上を私たちは、歩いていっているのだろうな。

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