流れ者のたまり場
10月19日
宮崎と言えば高千穂。
そんなことをみんなが言うから気になって調べてみたのだが、
「何っ、高千穂峰って鹿児島にも属してるじゃんかよ!」
高千穂河原なる場所に至っては、思いっきり鹿児島の領域だ。
調べてみると皆が言うのは高千穂”峡”らしく、高千穂峰からけっこう離れた場所にある。
この関係性はいかに…と、本日は霧島へ向かってみる予定だったのだが。
「雨かよぉ…。」
雫が天幕にポツポツと影を作っている。
霧島方面が晴れるのは、午後の予報。
「かといって山を雨上がりに走るのはなぁ…。」
これからは冬の季節だ。凍結も念頭に置いておかねばならない。
「やーめた、今日は休もっ」
昨日無茶をしたため、少々臀部が痛い。幸いテントも迷惑にならない場所に張れているので、気分を”オフ”に切り換えた。
さて、そうなると問題なのは食事だ。自炊できるほど水はないから……。
近場に岩田屋なる蕎麦屋があったので、とりあえずは昼食を摂る(甘辛く柔らかく煮込まれた豚ナンコツが美味しかったぁ~!)。
「ここ、夜もやってますか?」
「すみません、夜はやってないんですよー。」
さて困った。道の駅のレストランも15時までらしいしなぁ……。
外に出ると、隣にカフェがあったのでダメ元でお伺いしてみる。
「すみません、ここ、何時までやってます?」
「6時ですよー。」
広末涼子似の女性店主が顔を出してくれた。
「ああ、じゃあ、今晩あたり何か食べに来ますね…」
「お兄さん旅の方? どんな旅をしてるの?」
「えーーーっと…、修行の旅ですかね。」
うわーーーついに言っちゃった。恥ずかしいわ。
「本当!? 今ね、似たようなお客さん来てるから、ちょっと寄ってって。」
すぐテントに戻るつもりが、店内に案内されてしまった。
入ると、確かに似たような…いや私なんかよりもしっかりとした和服を着た男女が。
「おお、綺麗だ…。」
御二方は『幻空堂』なるお面屋さんだそうで、これから大阪にフェリーで向かって商いをするとのことだ。鹿児島は島津は狐に関する伝説が多いらしい。
“なんの武術をやっておいでで…”なんて会話から、自然に劈掛拳の套路・沫面拳を披露させていただくと、嬉しいことに賞賛していただいて意気投合する。
師匠、すみません…! 未熟な身で人に演武じみたことを……!
「ふだん人見知りをしちゃう人も、お面を付けると話しやすくなった、って人は多いんですよ。」
フォトグラファーという男性の方はエンジン付きチャリで旅をするほどバイク好きということもあり、駐車場へロケットⅢをお見せしにいくこととなった。
和服三人組が練り歩く姿に、周りの視線は注目する。気にしないけどね。
「”非日常の世界へ”っていう売り文句で、お面をお売りしてるんですよ。なかなか、ホラ、木村さんみたいに武術をしている人なら別ですが、普通に生きてる人がいきなりメジャーじゃない日々を送るっていうのは、努力がいるじゃないですか。」
「ああわかります! 誰でもこう、漫画とかの世界に憧れちゃいますよね!」
私自身、映画やアニメの世界に憧れてこんな格好をしていることもあるから、よくわかる。
お面を付ければ、誰でも気軽に、”非日常”を楽しめるって訳である。
ロケットⅢのエンジン音を聞いていただいたりして、周辺のグルメや四国方面の情報、桜島のことなども教えていただき、お別れする。
へぇ…、冬は大隅方面、夏は薩摩方面に飛ぶのか、火山灰って…。
お店に戻ると、今度は常連さんの男性と話し込む。
「僕も2年間ぐらい車で旅をしてるんですが、鹿児島でちょうどコロナ騒ぎに遭っちゃって。東京ナンバーだから色々差別の目で見られたりして、それが怖くて暫く鹿屋のホテルに泊まってるんですよ。」
「どのくらいです?」
「6ヶ月以上かな。GoToが適用されてるうちに、もう来年の1月5日まで予約しちゃってるよ!」
「マジすか!!」
一泊当たり1,500円なので、下手な家賃より安いらしい。光熱費はタダだし。
彼もまた凄い旅人で、1日6湯程度の温泉に入りながら全国を巡遊、無数の温泉のレビュー(浴槽の大きさ、数、シャンプーなどの有無、ロッカーの数、形式などなど)をグーグルに寄せている人なのだという。
「いろんな旅人に会ったよ。カブにリヤカー付けて、移動式バーをしながら旅してる人とか…。」
「ほえー…面白い……。」
コロナの影響か、私は他の旅人に会うことがあまりない。から、新鮮な話である。
ほんとそれらに比べりゃ、自分なんてまだまだだ。もっと精進せねば。
左がその常連の方、右がマミーこと店主。
道の端にあるカフェにはひっきりなしにお客さんが舞い込み、コーヒーやらシェーキやらアイスクリーム、カレーを買っていく。
私がいただいたのは、『あっちん』なる焼き芋にアイスクリームを載せたもの。
「今のお芋は硬いよー」なんて言われたが、折角ここまで来たのだから薩摩芋を食べたい。
“紅はるか”ブレンドのふんわりホクホクの甘みと、アイスのしっとりキンキンの甘みの両撃が堪らない。
その後も来店した同じライターの方や、バイク屋勤務のブラックバード乗りの方とお話していると、すっかり日は暮れてきてしまう。
「なんかいーねぇ、こういう縁で、話の合う人同士で話せてさぁ。」とマミーさんが鹿児島弁でしみじみ笑っている。
(今更だが、私は各地方の方言は標準語に適当に変換して書いてしまっている。付け焼刃の知識で方言を書き連ねるのは、申し訳ないからだ)
マミーさんともあれこれ話したりして。閉店時間まで、あと30分。
「ごめんお兄さん、なんだか今日はお客さんが多くて、カレー売り切れちゃった。
どん兵衛ならあるんだけど、食べる?」
「いえいえ十分です、いただきます!」
…と、どん兵衛を頂いて店じまいとなった。
「わー見て! 今日の空すっごくイイカンジ!」
…と、マミーさんはすこぶるマイペースなお方だった。
そのぶん元気が良い彼女だから、お客さんも多いのだろうが。私も良い休日が過ごせた。
結果的には、霧島に行かなくてよかったかなぁ。ほんと、旅っていうのはどんな出会いがあるかわからないから、面白い。
~~
「うわっほんとだぁ!」
三脚立てて、ISO100ぐらいで撮ってみるといい。
幻空堂の兄さんに言われた通りやってみたら、桜島の火口がほんわかと赤く映った。
私の技術じゃこの程度だが……、感動する。
思えば鹿児島ではほぼずっと、あれに見守られてきたな。
「おかげ様で、良い旅ができました。」
ありがとうございます、鹿児島!