追憶⑧
仕事は相変わらず一筋縄ではいかないことの連続で、自由な時間が忙殺されていく毎日。
先輩たちは次々と辞めていき、気付けば担当雑誌で入社時から残っているのは私だけという有様。そのくせ後輩はすぐ辞めてしまうから、2年近く経っても新米扱いだ。
新米用の雑務を継続させられ、熟練者向けの仕事も押し付けられる。
それでもなんとかやり抜く程度の才能はあったらしく、デザイナーからは賞賛のお言葉もいただき、ただただそのひと時だけが幸福だった。
“このまま、編集長を目指してもいいのかもな……。”
なんで旅しようなんて思ってたんだっけ。
旅に出ることは覚えているが、その理由を思い出せない日々。
そんなときだったか。
“先輩、新しいバイク買ったんですね!”
ラインが飛んできた。
…えーーーっとこいつは……そう、思い出した、高専の後輩だ。
同じ居合道部だった筈である…。
“そうだよートライアンフのロケットⅢ”
“トライアンフですか! カッコいいですね~”
後輩に羨ましがられるというのは、悪い気分ではない。
この子から前に連絡が来たのは、いつだったか。
確か、編集部に入って間もない頃だったような………――。
~~
“先輩、バイクの免許取るのにいくらぐらいかかりました?”
“えーっっと…、18万ぐらい……だったっけ? ゴメン、覚えてないや。
それに俺いきなり大型取ったから、参考にはならないかもよ”
“えっいきなり大型って取れるんですか?”
“うん、教習所によってはね。平中央は取らせてもらえたよ。「いきなり大型は危ない」って言うところもあれば、「起こせれば大丈夫」「というか引き起こしもぶっちゃけ試験内容に入ってないし」なんていうとこもあるし。”
“先輩、詳しいっすね。”
“…まぁ一応、バイク雑誌作ってるからね~(鼻高々)”
“えっそんなとこ行ったんですか!”
バリバリ理系の高専生が、文を取り扱う仕事に就くなんてのは正直、異常である。
ちょうど校了後で時間も余っている。どんな風に入ったのかなど、電話に切り換えて後輩に話してやった。
「…という感じかなー、まぁ人手不足だった時期っていう運もあるだろうけど。」
「すごいですねー。行動してみればできるもんなんですねー。」
「そうだよ、行動すればなんらかのリアクションは返ってくるから。なんでもやってみればいんじゃない?」
我ながら良いこと言った気がする。
「実は僕も、イラスト系の職業にほんとは就ければな、なんて思ってて…。」
ただ工業の勉強しかしてないし、無理ですよね、と語ってくれた。
まぁ、その通りだ。それ専門の学校に言っている人間と全くお門違いの勉強をしている人間とでは、程度が違いすぎる。
しかし高専は、中学校の次に入るところ。まだ若干15歳の若者たちが、将来を見据えて適した学校を選べるだろうか……。
「ぶっちゃけさ、高専なんて”なんとなく頭が良さそうだから””就職できそうだから”って理由で入った奴がほとんどだしさ、そう”間違ったとこに入っちゃった”なんて気落ちしなくていいよ。」
「そうですかね…。」
子供たちが未来を選ぶには、あまりにも世間の了見は狭すぎる。やれテストで良い点撮らなきゃダメだの、やれ立派な背広を着れれば幸せだの…。
何もわからないまま、ただただ大人の勧めで道を進ませられて。やっと自分がやりたいことを見つけたころには、もう手遅れな状態になっている……。
話をしていたら、なんだかそんな世間に無性に腹が立ってきた。
「でもだいじょーぶだよ! 俺を見てみろ、文系になれたぜ! 方向転換できたんだよ! 俺みたいなバカにできたんだから、お前にだってきっとできる。
苦労するけど行動してみりゃ、案外できるもんだよ!」
「そう…ですね、先輩は実践してみせてるんですもんね、僕もちょっと、頑張ってみます!」
「おー、がんばれー!」
~~
思わず、仕事してるときに一目ぼれしたバイクを買っちゃったりしたけど。
やっぱり、俺はまだ、旅に出る選択肢を捨てないべきだ。
後輩たちに、教えてあげなくちゃいけない。
レールを外れてみれば、案外面白いということを。
世界は思う以上に広いということを。
自分がピタリと当てはまるパズルの穴が、どこかに必ずあるということを。
「後々、誰かが。”木村にできたんだから、俺にもできるだろ”って思ってくれたら。」
それほど嬉しいことはない。
勇者が活躍する冒険譚を、描くだけでは駄目だ。
旅に出ろ、世界は広いと、歌うだけでは駄目だ。
想像上のヒーローたちは確かに勇気を与えてくれるが、それはあくまで作り話。
勉強も運動もダメで彼女もいない勇気もない俺が、やらなくちゃいけない、現実で。
後輩に示してやろう。誰だって冒険譚に踏み出せるってことを。
“俺、このバイクで旅に出るんだよね。”
“マジすか! カッコいいですね~!”