679㎞の航路
10月11日
「2,300㏄です。」
「に、にせんさんびゃく!?」
鹿児島新港、特殊手荷物受付の窓口にて、スタッフのおじさんを動揺させてしまった。
「いやぁ、2年5ヶ月ここの仕事をしとりますが、初めて聞きました…。あわわいけない、動揺しちゃって手が…。」
「ゆ、ゆっくりでいいですよ…。」
ま、そうかもしれないな。
もしかしたら、私が最高記録かもしれない。
2,294㏄のバイクを、679㎞離れた離島に持ち込もうなんてのは。
「うっひゃぁー、桜島デッケェ!」
甲板からその姿が良く見える。
待ってろよー。お前んとこには戻ってきたら、遊びに行ってやるからなーー。
「お、レストランある!」
2等とはいえ、マットは割り振られるのね。
コンセントが少ないのは気になったが、まぁゆっくり船旅を満喫できそうだ。
沖縄本島までの距離が長いのはもちろん、奄美などにも寄るから船旅はほぼ1日かかる。
金と時間を要さねば尋ねられない県…。いかに沖縄が特殊であるか、今あらためて実感している。
実感していると、ボーッっと汽笛が上がった。
「まーた暫く、本州とサヨナラだよ…。」
北海道ほどは長くはないが。それでもやはり、この足で踏み続けて来た大地を離れるのはどこか孤独感を感じた。
就航し始めこそ何人か人がいた甲板も、鹿児島の灯りが小さくなるにつれ消えていき、やがて私一人になってしまった。
長旅を続けてきたぶん、感慨も人一倍湧いているつもりだ。
“いってきまーす!!”と叫んで、私も船内に戻る。
~~
「えっ、もう閉まっちゃったんですか!?」
「はい、17時50分から18時5分までとなっておりまして…。」
「15分……。」
レストランの提供時間は、コロナウイルスの影響で恐ろしく短くなっていた。
しかしこれでは短すぎて客が殺到して、かえって感染の危険が……。しかも見応えのある出航時間(18時)にかぶせるとは、浪漫がわかってないぞマルエーフェリー…!
そんな様子を見ていた後ろの青年が、「あの…、ちょうど食べ残しちゃったインスタントの味噌汁はあるんですけど、要りますか?」と進言してくれた。もちろん二つ返事でいただくことにする。
彼もまたバイクの旅人らしく、今晩は数ヶ月九州を回った帰りなのだという。
売店に弁当があったからよかったものの…。なかなかはかゆかない船旅だ。
Wi-fiはあるにはあるが、恐ろしく電波状況が悪い。海上に飛ぶ、はかない4Gの方が早いぐらいである。何をして過ごせばいいのだ…。
おまけに先ほどの若者のように良い人もいるが、乗客のマナーも目に余る。酒を呑んで大声で独り言、咀嚼音…。
狭い船内、道を譲ってもドアを開けてやっても会釈一つされないし、食堂に赴けばなんだかジロジロ見られる(これは慣れてるが)。
もしかしてこれらみな、沖縄の人々なのだろうか? だとしたら彼らは自由奔放すぎて、私とはソリが合わないかもしれない……。
“ヤシガニとか巨大ゴキブリとか野宿中に襲われたらどーしよ…”
“いっぱいいるらしいぞ”
漆黒の海にゾッとしながら茨城のシジミンと電話したのち、タコ部屋に戻っていつもより遅い22時すぎ、就寝する。
自分に船で寝る才能があってよかった。
波に揺れる艦は揺り籠そのもの。硬い枕にはびっくりしたが、意外とよく眠れる。
これだけはそこそこ至福の時間だった。
10月12日
6時過ぎ、陽の光を受けて一旦目覚める。
「あれが奄美大島か…。」
目が覚めたら一面の海。今までの人生ではなかった経験である。
朝日を浴び潮風に髪をなびかせ……たいが、眠い。
船室に戻り、もう一度ブランケットを被った。
8時過ぎ。
本当によく寝てしまうものだな、船っていうのは。
流石に、とソロソロ起き抜け、歯を磨き髭を剃ると、徳之島が見えてきた。
本島は本部(もとぶ)に着くのは、16時40分……。
「EIGHTH様に向けた、原稿でも書くかぁ…。ふぁあ……。」
モノにもよるが、船旅というのは意外と飽きるかもしれない。