風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

鹿児島

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国道3号、海沿いに鹿児島市を目指す。

荒崎のツル渡来地など見てみたい気もあったが、今晩の18時にはフェリーが出航する。

寄り道せず、港へ近づいておくことにした。

 

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おおむね晴れだが、時折雲が空を覆う。

ぼんやりと眺めていると、何故だか灰色のキャンバスに今までの情景が映し出された。

水俣病、日露兵の墓、即身仏…。色々見て来たもんだ。

 

回想しながらハンドルを握り続けていれば、やがて島津十字の看板が見えてくる。鹿児島到着だ。

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出迎えてくれるのはご存知西郷どん。なんというか、想像以上に太ましく作られていますね…。

倒幕の立役者、そして西南戦争渦中の人。まぁみんな学校で習ってるだろうから、くどくど書くのはやめよう。

 

近くの黎明館なる施設の駐車場へ停め、ひとまず鹿児島城跡でも見てみる。

 

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玄関口である御楼門。明治の火災によって焼失してしまったものを、民間の有志が立て直したらしい。江戸時代から縁のある岐阜県のケヤキも使われているんだとか。

あの武将ひしめく岐阜の木材だ、間違いはなかろう。

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それはそうと気になったのは、堀を覆いつくす蓮たち。こんな堀は初めて見た。

 

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石垣には西南戦争の際、政府軍に打ち込まれた無数の弾痕が残っている。苛烈だ。

 

 

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どうやら鹿児島城跡にはこちらの黎明館なる博物館が建っているらしく、城跡らしき痕跡はさきほどの石垣と、裏手に残っている御池ぐらいであった。

 

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鹿児島城は島津義弘の子、家久によって建てられた山から平野にかけてのお城で、城山に曲輪を、それを背に藩主の居所を置くという、住まいが山の下になるという一風変わった構造である。

城を以て守りと成さず、人を以て城を成すという考えに基づいており、宇都宮城と同じく天守閣や層楼はないが、各所には兵農一致の郷土団がひしめき、圧倒的に武士の多い城下町だったそうだ。流石は戦闘民族薩摩の城…!

 

城山まで上れば色々見れそうだったが、時間もないのでちょっと市街地へ。

 

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今度は徒歩で西郷さんの前を通り、国道58を歩く。

この国道58は沖縄の那覇まで続く海の国道で、ガイドさん曰く沖縄返還後に作られたから、最も新しい国道なんだとか。

 

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街並みの中、ビルとビルの間から桜島が見える。

デケェ…。大怪獣を見たような気分だ。

 

 

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アーケード通りへ。

個人的にはアーケードというと古めかしいシャッター街なイメージなのだが、ここは人通りも多くたくさんの店で賑わっていた。…なぜか飲食店はないが……。

広場では北海道物産市が催されており、ちょっぴり懐かしくなる。

「考えてみれば、日本縦断って言い方なら、俺はもうすぐそれを達成しようとしてるんだよな…。」

 

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そろそろ引き返して、フェリー乗り場へ向かってもいい頃だ。

やっとこさ見つけたすき屋で腹を膨らませ、ドンキのイーネットでバイク運賃用の現金を下ろす。

 

 

 

「今回は1日かかる航路だけど…、船内にレストランとかあるのかなぁ?」

 

 

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さぁ、最南の日本へ出発だ。

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