一期一会②
前回より
10月4日
「6時34分……。」
涼しくなって寝やすくなったからか、明らかに睡眠時間が伸びている。
テントを出てみると、昨晩のおじさんは……、さすがバードウォッチング、もういないか。
田園風景になんとなく似合いそうだから、『銀の龍の背に乗って』を聴きながら出発した。
今日は北山の方に無料キャンプ場があるみたいだから、そこにさっさと入ってプリンでも食べようかな。
と、その前にだ。
「捨ててください、って言われたけど、やっぱり捨てられないよなぁ…。」
川口夫妻にいただいたお弁当のタッパを、次会う時に返そうと実家に送っておくことにした。溜まってしまったパンフレット類と共に、佐賀中央郵便局でレターパックを送る。
バイクに戻って来てゴソゴソやっていると、自転車に乗ったおばさんに声をかけられた。
「一人で、旅をしてらっしゃるんですか?」
「あ、ハイ。そうです。」
「あ~そう! 声をかけてよかった! 失礼だけど、最初女の子かどうか迷って。そっかぁ男の子だものね、野宿とかできますものね。」
私も男だったら、ついていきたいぐらいだわ~!と、上機嫌で讃えてくれるおばちゃん。前は友人と自転車で長崎へ行ったりもしたらしく、今日も家から40分自転車を漕いで来たそうだ。
「最近は趣味で木工なんかをしたりしてるんですけど、次はバルーンアートに挑戦してみようと思いまして。すぐそこにバルーンミュージアムがあるんですよ。」
ああ、そういえばそんな看板あったなぁ。
“お気をつけて”と別れたが、まだキャンプ場入りするのには早いし、自分もちょっと行ってみることにした。
佐賀市内ではうっすら紅葉が始まってきている。日はもう短い。
「おおー…。」
ミュージアムは有料なので深入りはしなかったが、入り口にある気球模型を間近で見るだけでも来た甲斐はある。
「すごいですよね、この下で火をボウボウ燃やして、飛ぶんですよ。よく考えつきますよねぇ。」
先ほどのおばさんとも合流できた。
たしかに。今でこそ当たり前な発想になったが、布と火で大空へ飛び出そうなんて、常人の発想ではない。
“私はね、このバルーンをサッカーボール模様にしたいんですよ”と目をキラキラさせながらおばさんは語っている。
「そうだ、ここはお土産売り場もあるんですよ。これも何かの縁、何か佐賀のお土産、プレゼントしますよ!」
「えっいいんですか!?」
「バイクですから、キーホルダーとかがいいですかね、旅の途中に甘味料も欲しいでしょう。今晩のおかずがない? だったら……。」
結局、バルーンフェスティバル2020(コロナの影響で開催はできなかったが)の記念ピンバッジと松浦漬け(クジラの軟骨を精製したもの)に店員さんお勧めの肉味噌、ブラックモンブランを買っていただいた。ありがてぇ……!
さらに、
「今見てみたら、もう11時半なんですね。よかったらお昼どうです? 元気でますよ。」
「えっと、すみません…! お名前だけでも先に…!」
「イチノセと申します。」
近くの百貨店のレストラン街に入り、中華をご馳走していただいた。
“結局、長崎ではちゃんぽん食べられなかったんですよねー”なんて話したら、”長崎のじゃないけれど”と自分のちゃんぽんを小鉢に取り分けてくれる。
「うまっ…。」
食べてる最中、おばさんの右耳にイヤホンが付いているのに気が付く。
「なんだと思います? 長渕 剛さんなんですよ。想像つかないなんて言われたりもするんですが、もうライブに連れてってもらってから大好きでー。」
あとはフジコ・ヘミングも入っているらしい。”何か好きな歌手、いらっしゃいます?”と言われ、反射的にJUJUと答えたくなったが、そういえば朝聴いたなと「中島みゆきさんとか。」と答える。するとおばさんも好きらしく、少し話が弾んだ。
なかなかいいセンスのおばさんである。つば広の帽子をかぶり、赤いレンズのサングラスから覗ける眼差しは、上品さを感じた。
聞くとまだ仕事をしているらしく、それはなんと化学薬品の取り扱いなのだそう。
「せっかくだから引き継いでみたいって、子供の化学の教科書を引っ張り出したりして。化学式なんか覚えなくてもいいんですけどね。
まだ取引してくださるお客様もいますから、今までのぶんを還元できれば、と打ち合わせもしてるんです。打ち合わせ、って言ってもおしゃべりみたいになっちゃうんですけどね。」
少々、察してはいたが。旦那様は、もう亡くなってしまっているのだそう。
木工やバルーンアートに挑戦してみたりと気力ある日々を送ってはいるが、”ただやっぱり、もう一度会いたいもんです”とポツリ、こぼしてらした。
つばの下から、少し寂しそうな顔が見え隠れする。
「でも、そういう話、絶対に取引先とかにはしないんですよ。いつも私しか行かないから、流石に気付いてらっしゃると思いますけど。
仕事の場ですから。お涙頂戴な雰囲気にしたくないですものね。察せられていても、私が言わなければ。旦那のいた雰囲気で継続できますものね。」
「……なんというか、カッコいいですね。」
「いえいえ、そんな。他にも苦労してらっしゃる方はいっぱいいらっしゃいますよ。」
確かにそうだろうが、このおばさんは、誇っていい。
愛する人をずっと愛し、孫たちと笑いあい、自転車も漕いで趣味にまっすぐ。何より、こんなに元気に笑っていらっしゃる。
カッコいい。傷だらけなようで、その分だけなんて輝いているお方なんだろう。
「これから感じたこと、よく伝えて、共有してください。誰に何と言われても、他人に迷惑かけないかぎり自由なので。
影ながら、応援させていただきますよ。」
互いにおじぎをして、お別れする。
“写真は苦手”って言ってたから、ごめんなさい。後ろ姿だけでも。
私の名刺を渡せはしたけど、イチノセさんの連絡先は聞いていない。
“一期一会”
たかだか20画の四字熟語の重みが、ズウン、と胸にのしかかる。
「また、会いたいもんだな。」
“人間好きに なりたいために
旅を続けて ゆくのでしょう?”
中島みゆき
~~
「グワーッ!!」
ついてねぇ。
工事中なのは知っていたが、こんな砂利っ砂利になっているとは。これはロケットⅢじゃちと恐いぞ…。
キャンプ場諦めて引き返そうか? ああしかし、もう下り坂まで差し掛かってて転回もままならん…。キャンプ場に助けを呼びに行くか…。
頭を抱えていると、こんな山奥を散歩中のご夫婦が通りがかる。
「重装備ですねぇー。」
「ええ、旅をしてまして……、ちょっと今、この道をどうクリアーしようか悩んでたんですよ。」
「よかったら押しましょうか?」
ありがたい、ありがたい…! 押し歩きのスピードなら、なんとか通れそうだ。聞けば別ルートもあるらしく、帰りはそちらを通ってみてはとのこと。
福岡からよく散歩に来るご夫婦、ありがとうございますっ!!
さて、管理棟で受付を済まし。
「すみません、別ルートもあるって聞いたんですけど、どちらから出られます?」
「いや、別ルートは自転車専用なので、あの一本だけですね。」
……マジか………!
「じゃあ、また僕、押しますよ。」
「スミマセン…本当にスミマセン……!」
キャンプサイトで先ほどのご夫婦と合流すると、旦那さんは腕を回して手伝いを申し出てくれた。
ここでのキャンプは諦め、手伝ってくれる方がいるうちに脱出することにする。
うんしょ、うんしょとエンジンをかけながら、まさしく牛歩で砂利道を上る。
途中、向かいから来たお兄さんも参加し、4人がかりで2,294㏄を坂の上に無事押し上げた。
「ほんっとうにありがとうございました………!」
「あなた、昨日と一昨日も多分見てますもの。佐賀にいましたよね?」
と対向車のお兄さん。
ヤベェ、俺そんなに派手なことしちゃってたか? 俺有名人になっちゃう……??
あまりにも人の厚意が凄すぎて混乱している私に、気を付けてと声をかけて別れるひと時の共同体。
ご夫婦の旦那さんに”山中キャンプ場”なる付近の場所も教えていただいたが、後ほど調べたら当日予約不可とのことだったので、昨晩の道の駅まで戻ることにする。
とくに観光などもせず、ただただ人のお世話になって一周しただけの一日。
一期一会。
彼らに恩返しできる機会すらも、今後ないのかもしれない。
ならばせめて、この旅を完遂させよう。それがささやかながらできる、精一杯の恩返しだ。
この旅は、もはや私だけの旅ではない。
そんな血沸く実感を、噛みしめた一日であった。