世界の見方
~前回より~
「ゼリーフライはね、あれは『銭フライ』から来てるのよ。銭みたいな形してるでしょ? 昔、足袋を作ってた時代に、女工さんが作ってたんじゃないかな。」
マジで、銭→ゼリーだったの!? というか、そんな昔からあったの?
足袋蔵の場所を尋ねに入った『行田市商工センター』で、私はご老人…というにはまだハキハキとしゃべる、しかし老人の集まりと名乗る方々と話し込んでいた。
(撮影:ソプラノ歌手・諏訪桃子氏)
趣味で絵を描く方々の集まり、『錦陽会』のメンバー方。金曜日に活用するから”きんようかい”らしい。
左から、私と同じく『夢想神伝流』居合道を習っていた清水さん。私。美術家協会の偉い先生!という小林さん。絵を描き始めて2年で美事な絵を描く東嶋さん。鹿児島から稚内までを、自転車を使い50日で走破したという嶋田さん。
今日は年に一度の絵画展示、最終日とのことだ。それを見物していた珍妙な恰好の私に声をかけてくれ、それからコーヒーをご馳走になり話し込む流れとなったのである。
「日本でも珍しい足袋蔵がたくさんあるとおり、昔々は足袋づくりの街だったでしょ。それが廃れたあとは、スリッパを作ってたの。でも、それも輸入品の並みに押されちゃってね…。」
東嶋さんが、行田の歴史について折に触れ語ってくれた。
今は十万石の店舗となっている、国の登録有形文化財・築100年を超える蔵
戦前の石蔵で、現在も商品倉庫として使用されている『小川源右衛門蔵』
元足袋原料商店の店舗併用住宅、数年後店舗兼在宅、旅館、バーと用途が変わっていった『笠原家在宅』
「それでも、私が引っ越してくる頃…40年前は、東京へ通勤するためのベッドタウンとして栄えてたのよ。地価が比較的安かったから。」
登り窯で手焼きされた焼過レンガが積まれた、行田唯一のレンガ蔵『大澤蔵』
『ほうらい足袋』の商標で知られた奥貫家の『奥貫蔵』。三代目の奥貫芳三郎は、『行田足袋研究会』の幹事を務めた功労者だそう
『穂国足袋』の商標で知られた荒井八郎商店の足袋原料倉庫。現在は陶芸工房として再活用され、『行田窯』となっている
「それでも、今は浦和とか、あっちも安くなってきてるでしょ。だから、今の行田の産業とか、いいところって何でしょうって聞かれると困っちゃう。」
複数あった足袋蔵がさまざまな用途に転々とされているように、行田の町全体も転々とした境遇を送っているのだろう。いや、皆知らないだけで、それぞれの町がそれぞれの施策を凝らして、存続したり、無くなったりしているのだろう。そう思うとどこか、物悲しい。
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「この絵はどのぐらいで仕上げたんですか?」
「うーん…わかんない。ノッてるときとノラないときがあるからさ。数年描き続けてるけど、作業時間は数か月ぐらいのはずだよ。」
と小林さん。なんでも油絵は筆を足したら乾くまで待たないといけないので、時間がかかるものらしい。
筆がのる、のらない時があるというのは、物書きと通ずるものがありシンパシーを抱く。…いやいや、私はここまで達筆じゃないから失礼か。
「ただ油絵はいろいろ付け足せるからさ。その蕾とか、落ちた花弁とか、あった方がいいなと思ってあとから足したんだ。」
ちなみに、この絵の場合は最初に実物を軽くスケッチして、あとは写真に収めてそれを描いたそう。実物を見てはじめにイメージを捉え、あとはひたすら写真を映し出していくということだ。
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「宮本武蔵が五輪書って書いてるでしょ。あれにも書いてある通り、武蔵も絵を描いていて。それがまた良い出来なのよね。だから私も、絵を始めてみたんだ。」
と語るのは清水さん。なんでも居合は腕の負担が大きく、筆を取るときに手が震えてしまうため、それを機に止めたそうだ。
いろいろな絵師に学んだのと同じく、いろいろな居合の先生に学んだとのことで。神奈川から高知まで、私の知らない(私が無知すぎるのだが)8段、9段道士の名前が次から次へと飛び出てきた。
「馬庭念流って知ってる? 農耕器具とかを使う武術でさ。今も群馬県に道場があるんだよ。」
「ほうほう…それは興味深いですね。覚えておきます。」
それから、野宿するなら八幡山古墳がいいんじゃないのとか。聖天宮じゃなくて、さきたま古墳に行ってほしいなーなんて話をしたりとか。
ほんとは東京の国立美術館の展示会にも出展する予定だったけど、コロナのせいで中止になったとか。コロナめ…。
いろいろな話をしていくうちに、時間は過ぎ去っていった。
最後に、東嶋さんの印象深い話を。
「私ね、絵を始めるようになって世界の見方が変わったの。絵を始めてから、この色は、この葉っぱのグラデーションはどうやって作るんだろうとか。観光地に行っても、どのアングルからなら良い絵を描けるのかとか、現地にいたカメラマンを参考にしたり。
私はまだまだだけど、おっきい絵を描く人もいるのよ。それを運ぶためだけに、軽トラを買っちゃう人とかもね。だから、趣味の世界ってほんと面白い。いろーんな趣味があって、その分だけ世界の見方があるのよね。
旅を続けていたら、いろんな趣味の人に会えるだろうから。いろんな世界を覗けて、楽しいんじゃないかしら。」
一人一人、その人その人の世界の見え方ある。
私が小林さんたちと全く同じ絵を描けないように、他人と同じ目線に立つことは決してできないのであろう。
しかしその世界を爛々と映す、目を見ることはできる。その人の言葉を聞くこともできる。
私の旅は、その幾つもの世界を記していくものなのかもしれない。そう、思った。