魅惑の風
キララビーチのはずれ。名もなき駐車場。
ここは、いい。
大雨の昨晩は頭に響く雨音と波音とで気が気でなかったが、付近の『いちじく温泉』に浸かり戻ってくると、なんとも胸のすくような風と夕焼けが出迎えてくれた。
こんなに赤い夕焼けを見たのは、いつぶりだろうか。
“穏やかなもんだな”とずうっと眺めてきた日本海も、本日は力強く波しぶきを上げている。
テントに潜り視界を遮っても、冷たい秋風が入って来て頬をさする。
夏場に吹けば涼を得られると喜ばれるだろうが、もうこの時期になっては寒さを助長させるだけな風。
だが、私としては、そんな厳しさを思い出させてくれる風に久々に会えたことが、なんとなく嬉しく思えた。
“良い風が吹くな…。”
そういえば昨晩は、龍に乗る爽快な夢を見たな。きっとこの風のおかげだろう。
明日はまた、ここに戻ってきてもいいかもしれない。
9月19日
打って変わって、夏日が戻ったかのような朝日が昇る。
路面も乾くだろうし、どれ、近くの三瓶山(さんべさん)にでも行ってみるか。
森林を抜ける暗い県道39号線からアクセス。三瓶山周辺には国道がなく、地図だけを見ていたらうっかり林道じみた県道を選んでしまいそうである。ストリートビューのある時代でよかった。
そこから国道184に合流し、一気に南下。陽を受けてキラめく神戸川沿いにいくつかの集落が立ち並んでおり、のどか。岩魚が食べたくなる。
その神戸川を越えるように県道40号へ分岐し、三瓶山高原道路へ。
それほど標高が高くない山ということもあり、大山ほどアップダウンが激しかったりタイトなコーナーもない。
観光施設や木のトンネルを抜けていくと、三瓶山イチの見どころともいえる場所へ出る。
『三瓶山西の原』だ。
男三瓶山(左)、子三瓶山(右)が描くなだらかな曲線の下に、手を広げて走り回りたい広大な草原が広がっている。
“ライダーの聖地”だなんてレビューしている輩もいたが、なるほどたしかに。これはバイクと一緒に収めたい光景だ。
夢中になってカメラを構え続けていると、ヘルメットが邪魔になってきたので脱ぐ。すると何故かカミキリムシがそこにくっついていた。
“どうやってここに…。”指で弾き飛ばす。
カミキリムシか。ちっちゃい頃、祖母と一緒に歯医者からの帰路で見つけたとき、なんとなく捕獲していたな。何やってたんだかあの頃は…。
ふとロケットⅢを見ると、フロントフォークにスズメバチっぽいものまでくっつかっている。むう。余裕があればここにテントを張りたいと思っていたが、止しておこうか。
どのみち、付近には”キャンプ禁止”の立て札があった。草地ではどこかの中学生団体が走り込みをしているし、何より天気が良い。こんなところで立ち止まってないで、また海へ戻ってしまおうか。
上り同様緩やかなカーブを楽しみながら下山し、大田市街を抜けまた出雲へ。
暑くもなく、寒くもない。ライダーの季節到来だ、気持ちが良い!
四連休の始まりということもあって、道路にはドライバーが行き交い、波間ではサーファーが揺れている。…ちょっと、人のいなさそうな場所に行ってみようか。
昨日のキャンプ地に着く前に、脇道に入り小高い山を上る。
「…いいね、やっぱり誰もいない。」
道の駅のそばで登り口を見かけ、気になっていた『キララトゥーリマキ公園』。
風力発電機は止まっていたが、何もない芝地にはゆるりゆるりと海風が漂っている。
石碑には、”風”の字。
「…こんなんがあるから良い風が吹くのかなぁ……」
喧騒のない、風の音だけが聴こえる高台で、しばらく青い海を見つめてみる。
本当に良い風だ。この身が、どこまでも遠くへ飛べてしまいそうな調子で吹く。
“この風、このまま連れて行って、一緒に旅してみたいもんだなぁ…。”
そんなどうしようもないことを願ってしまう、まさに、魅惑的な風だった。