追憶⑦
「読者コーナーに新製品紹介といった雑用はもちろん、特集を二つも…!? 作ったこともないカタログも書かにゃならんし、取材した人は気難しそうだ…。」
明日を迎えたくない……。
床を眺めて呆然とするほど眠れない夜もあったが、それでもどうにかこうにかして月刊誌のスケジュールはやりくりできていた。
毎月毎月、同じ作業もこなしつつ、全く初めての作業も手探りで進める。雑誌編集とは良く言えば飽きず、悪く言えば綱渡りなマラソンだ。
しかしそうした日々は、企画であったり取材であったりをどう進めればよいのかというノウハウ、カメラマンや取材先との予定合わせ、デスクワークの効率化といった細かな技術、撮影からバイクの技術的要素に関する知識までが得られる、実に実になる”修行”であった。
薄給ではあったが、確実に私は今、ひとまずは、強くなっていけている。
そんな自信を支えに、仕事はこなせていた。自炊はできないが飯も食えているし、オンラインでだが友人とだって笑って話せる。
唯一ダメだったことと言えば……。
「フラれてしまいまじたぁ………」
背中を曲げカウンターに突っ伏す私に、スナックの姐さんたちはいたたまれないといった言葉とは裏腹に笑いながら声をかける。
「かわいそうwww」
「泣け! 泣いてもいいよ! なんなら歌いな!
やっぱりこんなときはマッキーのあの歌が……。」
我ながら今では信じられないが、昔は学生時分から色恋沙汰に勤しんでいた…ものの全く実るものはなかった。本当にその方面に関しては酷い有様で、唯一誇れることといったら皆きちんと想いを告げてフラれたことか(10回以上)。
姐さんたちは、そんな私の悩みをよく聞いてくれる方たちだった。ネタにされてただけかもしれないが。
「泣かないです…、俺は次泣くときは、嬉し涙だって決めてるんです…!」
「だいじょぶだよ~~。まだ若いんだから、もっと失敗していーの!」
いつものしゃがれ気味の声で、煙を吹かしながらママさんも励ましてくれる。
「もう、失敗はしたくないんですが…! まだ、まだこんなツラい目に遭わないといけないんですか…!」
私はきっと何かが足りないんだ。弱い人間で魅力がないんだ。だから彼女の一人もできないんだ…。と悲嘆に暮れる私。今思えば、これも強くなろうだなんて旅に出た要因の一つなのかもしれない。
そんな人間がいたら”そんなことないぜ”と声をかけるのがお決まりの道筋だが、姐さんはそんな様子を肯定した。そして、こんなことを語る。
「シュンはさー。なんだろ…。人としては良いとは思うんだけど、もっとこう…これだけは譲れないんだ!っていう信念がわからないよね。それさえ見せられればまた違うんだろうけど…。
うん、なんか自分だけの、”筋”を持ちなさい、シュン。」
筋…?
自分だけの…これだけは譲れないっていう……?
それはきっと、”どんなときもポジティブに”とか”嘘をつかない”とか、そういう生半可なものではないのだろう。それぐらいの矜持だったら、私だって持ってる。
多分アレだろ、少年漫画とかで、苦境に追い込まれた主人公が見出す”答え”ってやつ。それを思い出せば、どんな困難だって乗り越えられる、そんな身体を支える絶対にぶれない一本柱。
でも…。
「そんなの……、難しいですよ…。」
だって、”これだ!”って思う自分なりの答えや生き方を見つけても、明日にはそのやりかたでまた壁にぶつかって、”本当にこれでいいんだろうか?”ってまた悩み始める。
その繰り返し。学生時代あたりから、いつもそんな感じ。
みんなだってそうでしょ? 悩みながら生きてるでしょ?
どんな悩みだってそれ一つ持ち出せば解決できる、万能鍵的な答えなんてそうそう持ってないでしょ?
難しいよ。そんな、便利なものを見つけるなんてのは。
「…でも、見つけられたら。それはすごく強い武器になるんだろうなぁ………。」
溜め込んだ想いを吐露し、酒を呑み。顔を赤くして幾分かマシになった帰り路。弱々しく光る首都圏の星に、どうしようもない願いを投げた。
”いつか俺も、自分だけの筋が見つけられますように………。”