風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

海軍の町

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チェックアウトギリギリの11時前までホテルでダラダラし、炎天下の京都市でロケットⅢにまたがる。

金閣寺でも見てから街を出ようと思ったのだが、昨日の床屋さん情報によると9月から改修工事に入ってしまうとのこと。仕方がないので、渡月橋を渡ってそそくさと京都市街地を出てしまった。

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国道9号線を西へ。歴史深く格式高いイメージの京都だが、山を一つ越えれば他の県と同じ田舎風景が広がっている。

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国道は長い範囲で片側一車線となっており、渋滞が酷い。

草地のある道の駅も見つけたことだし、この日は何もせずそこで一夜明かした。

 

 

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国道27号・下山バイパスを通り、舞鶴へ向かう。

6日から7日にかけては台風10号が猛威を振るうと聞いていたので、大事を取って手近な舞鶴にホテルを取っておいたのだ。…が、天気は普通に好天である。

 

 

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舞鶴の海に到着すると、何隻もの軍艦が目に入りビックリ。どうやらここは軍港のようである…。

 

 

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ホテルにロケットⅢを置き、目の前の波止場へ。かなりいい天気だ…。宿賃無駄にしたか?

ここは五条海岸というらしく、引揚者(ロシア方面の占領地から終戦を受け引き揚げた者)と家族が感動の再会をした場所であるらしい。

もちろんいくら待ちわびても愛する人が帰ってこない人もいたようで、そうした人々は岩壁の母・妻と呼ばれたそうだ。悲しいなぁ。

 

 

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公園のボラードは船を係留するその形、錨のモニュメントが置かれていたりなど、やはりここは船着き場としての歴史がある場所らしい。

ちょっと興味が出てきたので、近くにある『赤レンガパーク』まで足を運んでみることに。

 

 

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赤レンガ倉庫1号棟『赤レンガ博物館』。世界で唯一のレンガ博物館らしく、エジプトの日干しレンガやアウシュビッツ収容所のレンガまで展示してあるそうだが…。

入館料400円、微妙。次へ行く。

 

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2、3、4、5号棟が並ぶ敷地へたどり着く。

横浜や函館なんかと違って、変に着飾っておらず良い雰囲気が出ている。

 

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2、3号棟は店舗化しているが4号棟はほぼ何も入っていない状態で、2階に上がれば往時の面影をよく見ることができる。こういったところも、横浜などでは見られない嬉しい点だ。

 

 

3号棟の2階にて旧海軍の港町・舞鶴展なるものが催されていたので、知識欲の赴くまま訪れて見る。

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そこでは、何故ここに軍艦が並んでいるのか。それが一目でわかる資料が膨大に在った。

 

 

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ここはかつて舞鶴鎮守府…といっても氣比の鎮守府とは意味合いが少し違う、海軍艦隊の後方を統括した機関があった場所であり、日本海側唯一の海軍軍事拠点として、日本海防衛の要所であった。これらの赤レンガは、その海軍の銃や魚雷や物資などが集積されていた場所なのである。

ちなみに鎮守府選定には当初、能登半島の七尾や敦賀、小浜、宮津などまぁ私も通ってきた場所も候補地に挙げられたそうだが、リアス式海岸で起伏に富み、湾内も静かである舞鶴が選ばれたとのこと。

 

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呉・佐世保鎮守府の整備も必要だったこと、外国からの軍艦購入費が莫大だったこともあり、始めはゆるやかに工事が進められた舞鶴鎮守府だが、日清戦争の賠償金を得られたことにより、その作業スピードは加速。

開庁に先立ち多くの軍人やその家族といった人口の流入に備え、海岸や河は真っ直ぐに、水田は埋め直線の道に、さらに東西をつなぐトンネルも整備され、碁盤の目状の市街地が形成された。これは現在の街並みにもよく表れている。

 

 

そうして大規模な整備のうえ完成した舞鶴鎮守府は、明治34年(1901年)、101日に開庁。そして初代舞鶴鎮守府司令長官に任命されたのが、あの有名な東郷平八郎だったのである。

 

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日露戦争において、連合艦隊を指揮しバルチック艦隊を撃退した東洋のネルソン・東郷平八郎。「皇国の興廃この一戦にあり」「本日天気晴朗なれども波高し」と言えば、ピンと来る人もいるのではなかろうか。

その人望っぷりたるや当時も絶大だったようで、当時の新聞にはその勤務ぶりは登庁・退庁の計2回手を振るだけ―と書かれていたそうだが、恐らくそれが真にしてもそれだけで士気は上がったのだろう。

 

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ちなみにそんな東郷氏は肉じゃがの生みの親ともいわれているそう。英国に留学していたころに食べたビーフシチューの味が忘れられず、ワインやバターなどはなくとも日本にある食材でそれを作らせてみた結果、ビーフシチューとは呼べないがまた違った旨さを持つ肉じゃがが出来上がったのだという。そのレシピは、海軍の料理教科書にも載っているそうだ。

ちなみにその昔、日本海軍は西洋海軍には見られない脚気(ビタミンB1欠乏症)に悩まされており、西洋の料理を食べれば治るんじゃね?との想いからどんどん洋食文化を取り入れていったそう。

代表的なものは、曜日感覚を失わないため毎週金曜日に食べていたカレーライスや、イギリス海軍が戦艦の炭酸ガス発生装置で作ったレモネード…が訛って伝わったラムネなど。

今日の洋食文化は、日本海軍が大きく貢献した結果であるといっても過言ではないだろう。

 

 

 

他にもタメになる資料があったが、割愛。ちなみに付近は『男たちの大和』や『日本の一番長い日』といった戦争モノロケ地の宝庫で、ファンの方ならば来て損はないだろう。

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北吸赤レンガ倉庫群を抜け、先ほど見た軍艦の方へ行ってみる。日曜のこの時間帯なら、見学できるハズだが…?

 

 

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残念。コロナウイルスのため、入場が禁止されていた。せっかく珍しく、日曜日であることを喜ぼうと思ったのだが…。

 

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歩道橋に上ったりしてみたが、全然ダメだった。

 

 

 

なんだか今日はものすご~く座学な1日だったが、それはこの赤レンガが残す往時の雰囲気が、知識欲を駆り立たせてくれたからだろう。

別段、私は海軍に興味があった訳ではないのだが、今、自分は、何があって、どんな人が活躍した場に立っているのか。“それが理解できただけで、だいぶ胸中満足している。

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波立たぬ五条海岸とは裏腹に、私の脳には台風が如く知識の波が渦巻いている。そんな充足感が、どうにも心地いい。

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