汗雨まみれて紅潜る
安土城址を訪れた後は、野洲の湖畔にテントを設営。翌日は雨予報だったのでそこでじっとしてたのだが、結局雨など極わずかしか降らなかった。
結局、陽にあぶられながら琵琶湖をぼんやりと眺める1日。だがこの光景も今日で見納めかと思うと、悪い気分ではなかった。
ありがとう、琵琶湖。
9月4日
琵琶湖大橋で金を取られたことに驚きつつ、国道161号を通って滋賀を脱出。国道1号に切り替わると同時に、京都に入った。
ジクサー250の撮影に連れてこられて以来だな、京都。
京都は…、良い街なのは知ってるが、苦手意識もある。
というのも、京都の人ってなんだか恐い印象で…。
お高く止まってるとか言いたいわけじゃなく、田舎モンの私が出てきたらいつも以上に奇異の目で見られるんじゃないかと。
ホラ、あの通りを渡った奥様、今こっちを見て「あらあら、なんどすかぁその日焼けしてまっさらな召し物はぁ」なんて思ってたんじゃないだろか? あああ…!
まぁ、気品が高い人たちってイメージがあったのだ。だが、そのイメージは1号の渋滞にハマッたところで打ち消された。
「わわわっなんだこのアクティブボーイズは!」
渋滞する車の合間を、スルリスルリ、いやエイヤエイヤと無理矢理にでもすり抜けしていくスクーター集団。ボーイズばかりじゃない、ガールズだって、キョロキョロとすり抜けできそうな隙間がないかと熱心に頭を振っている。
「なんか、東京を思い出すなぁ。」
ニンジャ400Rの頃は、私も少し無茶してたっけ。
私も、ほどほどに渋滞をいなしつつ街の中心部へ向かう。油小路通りへ入り、そこから鴨川を渡って入り組んだ道へ進むと、目的の駐車場が見えた。
伏見稲荷大社である。なんと駐車料は無料だ。
本当であったら、今日は11時から2りんかんでブレーキパッドの交換、その後は雨予報ということで明日に見送るつもりだったのだが、テントに小アリが大量に入り込んでいて早起きできたことと、”まぁどうせまた予報外れるだろ”ということで、2りんかんに向かう前に拝見させてもらうことにした。
時刻は8時すぎ。ま、大量の鳥居を見て終わりだろう。
もはや説明は不要だろうが、ここは全国に3万あると言われる”お稲荷さん”の原点と呼ばれる場所である。
この大鳥居の先にある楼門は、豊臣秀吉が母大政所の病気が癒えることを祈願して再興したそう。というわけで、平民に親しまれているイメージのお稲荷さんだが、大物も参拝しているのだ。秀吉もまぁ、平民の出だったからそうだったのかもしれないが。
白い砂利が敷かれ、手入れの行き届いた境内を進みやや鬱蒼とした木々の下へ向かうと。伏見稲荷名物、千本鳥居の入り口が見えてきた。
「け、けっこうデカいのね…。」
よく日本に来た外国人が嬉々として見せてくる写真のそれとは、なんだかスケールが違った。
幾重にも重なる鳥居の奥に、わずかに黒い影が見える。奥へと、進む。
ああ、これだよこれ。
1分も歩くと鳥居の高さは低くなり、そのぶん鳥居間の隙間も狭まってほぼトンネルといっていい様相を呈し始める。
人々は、願いが叶うと稲荷様に鳥居を建てるのだという。この光景はつまり、幾つもの願いが成就した、という証なのだろう。それらの想いはアートのような曲線を描き、参道を形成している。
だんだんと道が小さくなっていくその先へ歩を進ませていくと、なんだか別の次元へ行ってしまいそうな気分になる。
道中にある『根上がりの松』。一方の根が上がっており、”根(値)が上がる”ということで商売をする人々から親しまれているそうだ。
眺めているこの間にも、横にスーツ姿の男性がやってきてろうそくをあげていた。
歩いていると、スーツ姿の人とすれ違ったりする。出勤前の日課なのだろうか? だとしたら、なんて篤い信仰なんだろうか。
さて、先ほど”道中”と言ったが、いったいこの千本鳥居は、いつになったら終わるのだろうか? どこまで続いているのだろうか? わかっているのは、鳥居のある方へひたすら歩いていくと、確実に標高が高くなってきていること。坂道ばかりなのだ。
予報より早い雨が降ってきたこともあり、辛い。
道はところどころで分岐しており、その先は決まって行き止まりなのだが、こんな細道にまで鳥居は建てられている。
そしてやたらと猫が多い。その中の一匹についていくと、石碑の前で立ち止まる。
「武、真…勝……? 大神…?」とりあえず猫に促されるがまま、手を合わせておいた。
看板はいつの間にか”参道”から”伏見山登山道”となっており、山を登らされていることに気付く。明らかに登山客を相手にした、民宅兼休憩所をよく見るようになってきた。
『四ツ辻』という開けた場所に出る。ヤバイ、けっこう限界だぞ。
近くで一服してたおばさんに、
「まだまだ鳥居、続くんですか?」
「うん、そっちの道へ行けば、まだまだ続くよ。」
「マジですか…。長いなぁ~。」
「まぁでも、もうすぐだよ。」
本当? 本当ですね? なら、行ってみよう…。
キツい。
長い。
汗と雨が入り混じり、それが口に滴ってきてしょっぱい。
知らなかった。伏見稲荷って、ちょっと数の多い鳥居をくぐったら、それで終わりだと思っていたが。こんな体に訴えかける場所だったなんて…。
時刻はすでに、9時20分。2りんかんの予約もマズい。撮影はほどほどに、ペースを上げていった。
「全然あと少しじゃないんだが…。」
と思い始めたころ、やっと”山頂”の張り紙が目に入る。
辿り着いた、山頂。またの名を『一ノ峰』。『二ノ峰』に居たおじさんが言っていたが、本当に景色も何も見えない場所である。
“なーんもないよ、神様が居るだけ。”と言っていたが…。いや神様がいるのが凄いんじゃないか?
その神様に手を合わせ、下山。先ほどの四ツ辻からはグルリと一筆書きで戻ってこれるようになっているので、同じ道は踏まない。
もう正直、鳥居は飽きた…。
それよりも、雨で濡れた石段を踏み外さないよう目線を下に向けつつ一段、一段と下る。バックパックの重みが、足によくこたえる。
10時。ようやく、下界に帰ってこれた。
それにしても、見事なものである。麓の町含め、本当にこの山一帯、鳥居や神社、祠だらけだ。一体、何柱の神様が居るんだろうか?
そんな疑問に頭をかしげている、暇はない。ロケットⅢに飛び乗ると、そそくさと2りんかんへ向かう。
正直、色んな人がインスタ映え目的に”伏見稲荷伏見稲荷”って言うから、もっと洒落っ気のある、色気づいた場所だと思っていた、伏見稲荷。だが与えてくれたのは、汗と動悸と、心地よい脚の痺れ。
良い意味で、軟弱物を寄せ付けない修行の道。私好みだな、と薄ら笑いを浮かべるのであった。