風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

木村の誇り

IMG_2838.jpg

 

831

 

 

IMG_2791.jpg

無事滋賀のトライアンフでオイル交換をしていただき、ロケットさんも心なしかリフレッシュした調子に。

ここ23日はどうにもやる気のないことばかり書き連ねてしまったので、本日は手近にある彦根を見聞してみる。

 

彦根城近くの駐車場にロケットⅢを停め、いざ彦根城へ…はいかず、城に続く通りを歩く。城の前に行きたい場所があるのだ。

 

IMG_2814.jpg

彦根の中心地であった本町を通る夢京橋キャッスルロードは、往時の風情を残した建物が連なる観光街だ。

正直、彦根というとあのゆるキャラのイメージしかなかったのだが。徳川方で関ケ原を戦った井伊直政の街ということもあり、歴史好きには外せない地のようである。

 

 

IMG_2843.jpg

で、寄りたかったのはココ。宗安寺。

井伊直政が佐和山城に移るにあたり、かつて彼が正室の両親を供養するために復興させた高崎・安国寺から分離された場所だ。

 

お寺ということもあり中には墓地もあるのだが、その中に目当てのものはあった。

 

IMG_2837.jpg

木村重成の首塚。

木村 武将とでも調べるとまずヒットするのが、木村重成という若武者である。

彼は色白(イケメン)で立ち居振る舞いもよく、さらには刀・槍・馬術にも秀でた武将であった。戦功も著しく、真田丸の戦いにも馳せ参じて真田幸村と肩を並べ戦い、豊臣四天王が一人ともいわれる活躍も見せたほどである。

 

が、そんな重成も大坂夏の陣で捨て身の突撃を仕掛け、安藤重勝(もしくは庵原朝昌とも)に討ち取られてしまう。

豊臣方の名将を討ったということもあり、首は徳川家康の元に送られ首実検される。その後安藤氏によって密かに彦根に持ち替えられ、安藤家の菩薩寺でもあったここ、宗安寺に埋葬されたのだ。

 

…実を言うと、我らが木村一族には、あまり偉人というものが存在しない。そんな中で木村重成という人物を見つけ出したときは、非常に誇りを感じたものである。

今日、たまたま地図上で木村重成の字を見つけられたことは、一種の運命のように感じる。

決して私は子孫という訳ではないが、同じ木村一族。深く誇りに思うとともに、旅路を見守ってくれと手を合わせた。

 

 

IMG_2830.jpg

重成の首を包んだというススキは、何の因果か首が洗われた佐和山下に根付いて毎年赤く染まった。

何度も植え替えられ枯死にそうになってしまったが、ここに植えたら復活したのだそう。

 

~~

IMG_2862.jpg

城へ行く前に、飯処を探して町を散策する。

先ほどのメインストリートより奥まった場所にも歴史的な建築が多く見られ、伊達でやっているわけじゃないんだなと感心する。

 

IMG_2871.jpg

と思いきや、こちらの四番町ストリートのように大正ロマンあふれる場所も。その一角にあったラーメン屋で、腹ごしらえをすることに。

 

IMG_2888.jpg

あまりにも暑かったので冷やし煮干しそばを頼んでみた。山形じゃあ冷やしラーメン食べなかったからなぁ。

どんなものかと冷水を飲みまくりながら待っていると、ハッと気付く。体、冷やしちゃダメだろ…。

案の定、水と冷房で幾分か冷えた体に冷やしそばはけっこうこたえ、汗で濡れた衣服が冷たくなり、寒気を感じるほど涼をとってしまった。

味は美味しかっただけに、痛い失敗であった…。

 

 

 

IMG_2922.jpg

かえって夏日が暖かいと思いながら、いよいよ堀を越える。

 

IMG_2934.jpg

雁木などを拝見し、その先には城が…と思いきや、また堀があった。学校などもあるし、まだここは本番じゃないようだ。

表門より城へ向かうと、受付所のようなものが見えてくる。嫌な予感。

 

IMG_2945.jpg

案の定、金を取られるみたいである。しかも800円とは…。せめて課金区間は、天守だけでもいいのではないだろうか…。

それほど立派な場所ということなのだろう。滋賀の城といえば安土城というイメージだったが、長浜城に彦根城と、滋賀は城多い場所のようである。よく考えれば滋賀は東海道・中山道・北国街道が通る要の地でもあるのだから、当然といえば当然か。

 

 

IMG_2963.jpg

まぁ、ひこにゃんが見れたし良しとしよう。

ちなみに井伊伝統の赤備えと猫はてきとーに組み合わされた訳ではなく、付近には井伊直孝が招き猫に呼ばれて雨宿りをしたり、寺の小僧が命懸けで子猫を育て上げ縁起物にしたりなど、猫に関する伝説がある地でもあるのである。

という訳で猫好きは来てみよう、彦根へ(野良猫は一匹たりとも見かけなかったが)。

 

 

 

結局城には入らなかったが、仕事をした気分になった私はまた、琵琶湖畔へと向かうのであった………。

Leave a reply






管理者にだけ表示を許可する