誘い水
8月30日
夜闇に立ち込めた冷気を切り裂く、朝の日差しは優しく暖かい。
正直ここで5日間潰したいほど魅力的な野営地だったが、状況はそれを許さない。
トライアンフがあるのは彦根、レンズが届くのも彦根だ。
高島からは北側・南側どちらから回っても同じぐらいの距離に見えたので、あえて京都から離れる北側を選んだ。
「”ビワイチ”といきますか。」
湖畔をずっと沿って行くと、至る所でテントが見れる。琵琶湖畔だけでなく、その外側に点在する小さな池の周りにまでもだ。
滋賀県は、とんだレジャー大国だな…。
昨日居た湖畔もそうだが、辺りには水鳥が数多く生息している。こんな光景は、長いこの旅でも初めてだ。
湖の県ならではってことか。滋賀県の人は、水鳥が見れる幸せを知らないのかもなぁ…。
ライダーたちの間では有名な、マキノのメタセコイア並木道でしっかりと記念写真も押さえて。
国道303号沿いに琵琶湖の北岸へ進めば、ちょっとした山間部に入る。
その景色も別段特別取り立てることはないのだが、良い具合にのんびりしていて心地がいい。そろそろ収穫時期となった稲穂が、黄金色に揺れている。
日曜日ということもあり、すれ違うライダーたちも多い。
お互いに手を振り合いながら、琵琶湖からの風を浴び街道を快走する。
さすが琵琶湖が押しの県ということもあり、湖畔の道はよく整備されていて非常に走りやすい。
走るのに適していすぎる。頭がバカになりそうだ。
「滋賀県、うらやましいなオイ…。」
バイクを持ち込むのは明日。本当は彦根まで行く予定はなかったのだが、どこかで立ち止まるつもりなどとうに消えていた。
長浜、米原から見る琵琶湖は、対岸が霞む海のような景色になっていた。
そういえば昨日は対岸がはっきり見えたな…。ちょうどよい恵まれた天気だったのだろうか。
彦根に着き、よくわからん段差のコンビニで立ちゴケしつつも無事15-45レンズを受け取ると……………。
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。
ダメだ。やっぱり見ていると、入りたくなってしまう。おいでよって呼んでいる。
旅人の分際だということも忘れて、午後は湖水浴にいそしむのであった。
ただ揺られていた昨日とは違い、がんばって泳ごうともしてみたのだが。どうにもやはり、波がある中で泳ぐのは難しい。
結局は行き交う水上バイクに轢かれないかとびくびくしながら、ただ波に揺れているのであった。
「いやぁ、初心者感まる出しだなぁ…。」
いつか暇があったら、こういうアクティビティにも通じてみたいものだ。
水上バイクは…。なんか、カッコつけてもカッコつかないんだよな。陸のバイクと違って障害物はないし、落ちても痛くないし…。
なんて考えながら見つめていると、ズザザザザ、ともの凄い快活な波音が聞こえてきたかと思いきや、直後目の前を大きな影が横切る。
ヨットだ…。
「スゲェ! そんなに速度出るものなんですか!」
思わず感嘆すると、
「おお。けっこー出るよ、速度は。」
と壮年のよく日焼けした男性は笑って、また沖へと巧みに帆を操って出て行った。
……カッケェ…。
やっぱ、誰でも乗れるもんってのはロマンがないよな。
もし、もし買うとしたら、ヨットだな。うん、決めた。