オーバーフロー
小浜町は八百比丘尼伝説が残る土地であり、町には入定したという岩窟が残っていた。
ここ小浜に流れ着いた人魚の肉を食べ、16歳(JK)の姿のまま八百年以上生きたという八百比丘尼。その長寿で諸方を旅し、人助けをしたのだという。
「そんなに長生きしなくてもいいですが、せめて旅をしたいと思ううちは健康でいさせてください。」
と手を合わせた。
その後1日、ジュゴンが食べているという甘藻でできた名湯に浸かって1日を過ごしたのだが、心中穏やかではなかった。
「あと1日、福井で何しよう…。」
ここより西へ行ってしまえば、滋賀が遠くなる。かといって付近で見れるものはもう、熊川宿ぐらいしかない。寝る場所もその辺りは、ない…。
休憩所で見ていたテレビでは、安倍総理が勇退を宣言している。
俺はまだ退がれないが…。こういう時は憂鬱だわぁ。
8月29日
とはいっても何かしなくては何も起きないので、熊川宿へ行ってみる。
ここは若狭で獲れた鯖などを運ぶ要地であったことから、鯖街道とも呼ばれている。
早速カメラを向け………。ん?
あ………。
「片ボケ…。」
ついにやっちまったか。実はカメラを落っことすことが旅中で度々あり、昨晩もバイクから派手に落としてしまったのだが…。
レンズが歪んでしまったのか、右側のピンボケが酷い。
「マジかや…。」
一応、EIGHTHさんにも仕事として送っている写真だ。流石にピンボケのまま、今後旅を続ける気にはなれない。かといってずっと望遠でやりくりするのは無理がある。
とすると、買い替えしかない。
「はぁ………。」
項垂れながらも、amazonで彦根のコンビニに配送してもらう手続きを済ませる。
落ち込んでも、手は動かせ。立ち止まるな、立ち止まるなオレ…。
…と自己を鼓舞するが、ふと思い出してしまった。
「あ“ー………。そーいえば、そーいえばバイクもだったなぁ………。」
そういえば昨晩、オイル交換の依頼をしていた京都2りんかんから、“パーツが足らず作業できそうにない”と渋々言われてしまったことを思い出した。
トライアンフ京都はスケジュール埋まってるし…。大阪のトライアンフまで、行くしかないかぁ…?
エンジンオイルの交換は当たり前として、依然不調のアイドリングも気になる。そしてここ最近、ブレーキパッドも心配になってきた………。心配といえば、靴もいつまでもつか…。
そういえばここらには水を最安で買えるセブンがない、ファミマばっかりだ…。
どうする、もう滋賀に入っちゃうか? ああ、ガソリンも入れなきゃだな。しかしさっき見てきた限り、ここらのは高いぞ…。今晩の寝床は………。鯖食いたいなぁ…。
ダメだ、ここに来て考えることが多すぎる、まず一つずつ、優先すべきは……………
頭が、パンクした。
今日はもう、何も考えたくない………。
サバを喰って。
無心で県境を越え、琵琶湖を臨むと。
しばらく、ぼーんやりと、それを。揺れる湖面を、ただ眺めていた。
ピチャリ、ピチャリという音が、脳に沁み込むように。