休業日
3月4日
「疲れたな……」
“はえーよ”とツッコまれるかもしれないが、誤解しないでほしい。旅に疲れたというより、ここ数日の忙しない動きに疲れたのだ。
思えば、ここ三日間は行きたい場所へ走り、見学して、その後すぐ野宿場所を探し、テントを張って、記事を書き、気付くともう夜なので寝る…
という作業の繰り返しだった。
自由気ままな旅のはずだったが、腰を落ち着ける時間のない連日となっている。家計簿…ならぬ旅計簿など、細々としたこともやっておきたい。
…よし、今日は休業日にしよう。
テントを出ると、予報通り今にも落ちてきそうな重たい雲が頭上を覆っていた。昼頃から夕方まで降るらしい。
菜の花が咲き始めている利根川河川敷も、陰鬱とした面持ちだ。
「水曜日に雨…。なら、水曜日に風呂でも文句は言われないよな」
そう。旅に出てからまだ、一回も風呂に入っていないのだ。おかげで髪はギチギチしてるし、指先もガサガサの土まみれ。今朝なんか目ヤニがなかなか取れなかった。
ここはひとつ、温浴施設で1日をつぶそうではないか。
訪れたのは、近くにあった『行田天然温泉
古代蓮物語』。名前の意味はわからないが、付近では一番安かった。
観たかった…
大荷物をフロントに預かってもらい、道着、アンダーウエアをバッサバッサと脱ぎ捨てて、露天の石風呂に浸かる。
…
……
………
「~~~~~! 生き返るとはこーいうことよのぉーーーーー!!」
声を漏らさずにいられようか。
あぁ。とため息をつく間に、体にこびりついた埃は流れ落ち、芯まで凍り付いた身体に、暖かな湯が…、いやもう命の泉といっても過言ではない流体が、染みわたってくる。
極楽。
空腹は最高の調味料だなんて料理界ではいうが、長く風呂に浸かっていないときのこれも一緒だ。
しかもこの施設、建物や園芸がかなりキレイ、清潔な印象でとても心地いい。写真でお見せできないのが残念だぁ…。
凝りすぎて痛みすら感じていた肩を揉み、関節症に悩んでいた足をもみほぐす。
そういえば、マンションに住んでいたころからシャワーしか浴びていなかった。こうして広い湯舟に浸かるのは、いつぶりだろうか。
石窯風呂の縁に肘、足を引っかけ、腰を湯の浮力で浮かして仰向けになる。と、心地よい眠気がふりかかってきた。
旅を始めてまだ三日。まだ三日か。恐ろしく長く感じる。
野宿生活となったわけだが、家が恋しいとは不思議と感じていない。まだ。
やることが多すぎて、そこまで気が回っていないだけかもしれないが。
案外すぐに、この日々が当たり前に感じられる日が来るかもしれない。
“遙かなる眠りから目覚めた美しい花、古代蓮のロマンに想いを馳せながら古代蓮物語でごゆっくりとくつろぎのひと時をお楽しみください。”
古代蓮…か。気になるな。明日、行ってみようか。
やがて目と口がだらしない形になり。ぬるま湯と厚い雲に包まれながら、意識をしばし飛ばすことにした。