最高の堤防
8月20日
「ヤバイな…。」
ひたすら能登半島を北へ突き進んできたが、あまりにもテントを張れそうな場所がない。
実は訳あって今日は珠洲まで行けないため、限られた範囲でキャンプ地を探さねばならない葛藤に、14時ごろながら焦っていた。
国道は内地に入り込んでしまったため、心の支えの青い海も見えない。
“なんかないか、なんか…。”
地図をかき回していると、国道から離れた海沿いに一点、気になる場所を見つけられた。
「らいだーずまりん…、ライダーズカフェか!」
調べてみると、テントサイトも併設しているらしい。
出費になってしまうが、たまにはいいか…。
舵を九十九湾方面へ、向けた。
~~
「そーなんですかぁー! 山続きで海が恋しくて!
どうぞ外に出てみて、すっごく気持ちいいよ。」
「うっおおお…!」
「贅沢ってのは、こういうもんを言うんですねぇ…!」
なんて素晴らしい立地なんだ。正に、真に、オーシャンビューではないか。
形容じゃなく手の届く場所に青があり、その中では他のお客さんが気持ちよさげに泳いでいる。
こっから何処へだって行けてしまいそう。そんな形をしている堤防だ。
『PEACE Riders Marine Base』。
ここでテントを張らせていただくことに決めて、日没までの時間を過ごすことにした。
他のお客さんが獲ってきてくれたサザエや(おそらく)アカニシガイ食べたりして、マスターのプライベートビーチを満喫する。
マスターの大場さん。小麦色の肌と威勢のいい挨拶、屈託のない笑顔で出迎えてくれた。もちろん、彼女自身もハーレー乗りだ。
あとはまぁ、予想はしていたが衣服を指摘され早速”サムライ”と名付けられてしまったので、店にあった手作り木刀を以て居合の型や、劈掛拳の套路を披露させていただいたりした。
「こんな重い木刀振り回せるなんてすごいですね~。
でもあたしも、昔剣道やったときは相手をなぎ倒してましたよ。」
と一緒に見ていたスタッフの女性。
「アンタは力づくでねじ伏せてたんでしょうよ。」
それにマスターが笑いながらツッコむ。
「いえいえ、実際、先ず大事なのは小手先の技術より、心の強さとか腕っぷしですよ。」
というのは私の持論である。どんなに役に立つ技を極めたところで、いざ命の獲り合いをしたとき、臆して体が委縮していては何もできない。技術云々を持ち出すのは、心の強さが互いに拮抗してからだ。
「心ねぇ…、うん、その通りだよ。
基本大事なのは、心が逞しいとか、勇気があるとか、行動力があるとか…。そういうことだと思う。心が強ければ無敵だね! あとはまぁ、個性かな!」
と相槌を打ってくれるマスター。豪快な口調で言われると、説得力がありすぎるな。
…そうか…そうだよな、もしかしたらこの旅も、心を強くしたいか始めたのかもしれない………。
それから暫く、マスターと堤防に座り込み、夕暮れに傾く海を見ながら時を過ごした。
「能登は、なーんもないところだよね。でも、それが魅力。自然のままというか、不便さを楽しむっていうかさ。
そんな能登には、むかしっから憧れてたんだよねー。」
たしかに”何もないなー”と思いながら突っ走ってきたので、同意してしまうところがあった。
「出身はどこだったんですか?」
「金沢。同じ兵庫なんだけどさ、そっからここまで2時間ぐらいかかるんだよね。それで能登全周を周ろうと思ったらさ、やっぱり1日じゃ足りないのよ。」
「あーけっこう遠いんですね、金沢…。」
「そう。
アタシは元々料理人だったから、どこかにカフェは出したいなーとは元々考えてたのね。
でも、そんな経験もあって”ここにひと休みできる場所があったらいいよなー”と思って、ライダーズハウスとして店を出したってワケ。そしたらけっこう反響があってさー。よかったよ。」
シェフのマスターが作ったとろとろ卵のハヤシライスは、確かに絶品であった。
「ほーそうだったんですか…。」
ここに泊まる事にしてよかった。と、心の底で思った。
「時期が違うと、ここから沈む夕陽が見られるんだ。夏場だと、山の向こうなんだけどね。それはそれで、真っ赤に染まる雲がブアーッと見えてさぁ。
日によって波の動きも違うし、面白いんだよね。”飽きない?”なんてたまに言われるけどさ、もうっぜんっぜん飽きない!」
更には、今までに2度、蜃気楼も見れたらしい。「もう朝起きたら、海の向こうにビルがグァーッて建ってて! “うわぁーすごいなんかデッカイ豪華客船があるー!”なんて騒いじゃってさぁ。」と興奮気味に話してくれた。
「俺もいつか家を建てるなら、海のそばって決めてるんですよ。すっごく羨ましいなぁ。」
「あっ海好きなんだ。」
「ええ、やっぱり海の近くで生まれたから、ですかね。山も好きなんですが、やっぱり海なし県だと妙に心細くなっちゃう時があって。」
海なし県には申し訳ないが、事実である。マスターは笑いながら聞いていた。
「だからもう、今のマスターの生活は、俺の憧れそのものですよ。」
「そーなんだ。へへアタシも海だぁいすきだったから!
海の中で生活したいと思ってたぐらいだもん! こう、ガラス張りの水槽みたいなの作ってさ、気圧調整して浮上できるようにして。浮上したら買い出ししたり、釣りしたりして。それで、また海に潜って料理して…!
…ま、50年後にはできるかもね、そんなことも。」
子どものような目をして、往時の夢を楽しげに語り続けるマスター。
…素敵な方だ。
~~
その夜。
NM4に乗ってきた壮年のお客さんと話しながら、堤防に寝転がって満天の星空を見物していた。
おじさんは薬剤学を学ぶ一家のお父さんだそうで、息子さん娘さんともども、私とは違い熱心に勉強する家庭。だから、お互いに”そんな世界があるんだ”とため息をつきながら、思い出話、これからの話を語り合う。
その中で、おじさんはこんなことを言っていた。
「もし今、タイムマシーンがあってさ、3,000万出したらキミと同じ25歳に戻してあげるよって言われたら、迷わず使うね。後悔いっぱいだからさ。
逆に言うと、今の君には、3,000万の価値があるってことなんだよ。」
旅の途中で”若いっていいね”とは幾度も言われたが、ハッとさせられたのは初めてだった。
きっと年をとれば、こう言われた意味ももっと理解できるのだろうが…。理解したとしても、同情するような境遇にはなりたくないな。そう、声をかけてくれた方々のためにも、俺は、後悔しない人生を過ごしたい。
「…なるほど………。」
「天の川なんて、初めて見ましたよ。」
「俺も、いつぶりかなぁ。こんなに気持ちよく星を見たの。
昔はさ、”あー暑さ早く終わんねーかなー、来年の夏はなにしよーかなー。”なんて思ってたけどさ、今はこう思っちゃうもん。”あと何回、夏があるんだろうな…”って。」