風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

千代に八千代に

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(撮影:坂野晴彦氏)

 


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テント越しに顔を照らす、鋭い陽光で目が覚める。

先日、苦い雨に散々打たれたこともある。このようにして朝日を拝みながら目覚められるありがたさが、身に染みた。

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さて。今日の行く先だが、初日に緑の森博物館で教えていただいた長瀞の『埼玉県立自然の博物館』に行ってみようと思う。

行田と迷ったのだが、天気予報では明日も雨模様だそう。そんななか山道を行くなんてのは末恐ろしいので、この日和のうちに向かっておこうというわけだ。

 

吉見町付近から、国道140号へ移り。寄居町をかすめて山道に入ると、淡いエメラルド色の川が横目に映り始める。長瀞を通り、やがて東京湾へと至る荒川の上流水だ。

 

そこをしばしさかのぼっていけば、博物館に到着……が。

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こ、こ、こ、コロナめ………!

ふだんあまり気にしていなかったが、こんかいばかりは許すまじぞ…!

ちなみにだが、名物の長瀞ライン下りも流水不足で休業していた。


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はてさてどうするか…と立ち尽くしていると。

 

「博物館に来たのかい?」

黄色いジャケットを羽織った、白髪のヒゲがよく似合うおじいさまに声をかけられた。

 

「残念ながらさ、今休業してるんだよ。大荷物背負ってはるばる来たのに、残念だね。」

まったくそうなんです。快晴の空なのにこの仕打ちはあんまりだとしばし話し込むと、

「オレ、ボランティアでここの観光ガイドしててね。ここだと長瀞の岩畳っていうのが有名なんだけど…。

 今はシーズンでもないし、平日で誰もいないからさ、よかったら案内してやろうか?」

「ぜひお願いします!!

ここまで来て収穫なしは酷すぎる。即答した。

 

 

「俺も昔は東京でバイク乗ってたんだよ。BMWでさぁ。お茶の水のカーブでスリップして、警察署に突っ込んで職場の上司に怒られたっけ…」

一般の人は通らないというじい様…じゃなくて、寄居町ふるさとサポーター・坂野氏専用の獣道を通り、博物館からなだらかな崖を下る。

ほどなくして、幾重にも横縞が刻まれた岩が眼前に立ち並んできた。

 

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「これが名物の地層たちだよ。岩の色を見てごらん、若干緑色でしょう。変成岩っていってね。何キロも地下のものがここまでせり上がってきたんだよ」

そうそう、地層と聞いてここに来たんだった。

「昔はここ一帯は海だったって聞きましたけど?」

「そうそ、日本地質学発祥の地だなんて言われててね。よく大学生たちも研究に来るんだよ」

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薄い層が重なった岩が、そこら中を覆っている。普通の河川敷とはどこか現実離れした世界を垣間見れる

 

高齢とは思えない軽い足取りで、また理解に苦しまない程度に専門用語を巧みに使って。テンポよく坂野さんのガイドは続いた

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「ほら、石英だよ。他にも泥岩とかなんだとか、俺も全部は知らないけど、いろんな石が落っこってるよ」

 

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今は枯れちゃってるけど藤が地面から根付いててね。これが咲き渡るシーズンも人気なのよ」

 

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「去年の台風でさ、ここにこーんなに砂が積もっちゃった。前はこんなのなかったのにねぇ」

 

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「上流から流れてきたいろいろが積もってるところは、緑が深いんだよ。ここだと、手前の方が堆積物が少ないことになるね」

 

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「右と左で岩がずれてるでしょ。これが断層だよ」

小学校のとき習ったやつだ!!

 

 

「ほら、これも名物だよ。ポットホール。」

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岩の上に建てられた東屋の床に、真ん丸の穴ができていた。

「ええっと…これも人工物じゃないんですよね? どうやってできたんです?」

「チャートっていってね。金槌でも割れないような硬い石が流れてきて、ここに引っかかるのよ。そんでここに滞留することで岩を削ってって、穴ができるんだ。」

何も知らない人がタバコを捨てたりしてしまうらしいほど小さな穴だが、これも自然が作り出した造形ということである。「これだけの穴でしょ? 何万年もかかったんだろうなぁ」と、坂野さんがしみじみつぶやいていた。

 

 

「ほら、こっちにもっと大きい穴があるよ」

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どわ。

思わず声が漏れた。たかだか石っころが、奇跡的に川の流れに乗って。こんなデカい傷跡を残していったのか。

 

 

最後に、これだけは見てってよということで。

かの宮沢賢治氏も訪れ、虎模様だ、まるで博多帯のようだなと謳った虎岩へと案内してくれた。


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おおわぁぁっ

また、思わず声が漏れた。ちょっと鳥肌が立ったかも。

だってこれ、ほんとに、思った以上に、虎模様………

 

「スゴイ、スゴイ! ほんとに毛皮がポンと置いてあるみたいじゃないですか!」

「でしょ?これを、百何十年か前に宮沢賢治も見てったんだ。なんだか、浪漫を感じるよねぇ。」

 

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その中では、黄鉄鉱という金の紛い物が陽を受けて輝いていた

 

 

 

「坂野さん、長瀞が好きでこっちに来たって言ってましたよね。きっかけは?」

「赤羽に住んでたんだけどね。家内が一度女子会でここを訪れたら、ステキなとこだったって教えてくれて。老後にここで過ごせたらいいな、なんて話になったから、2007年ごろかな、二千何百万はたいて家を買ったのさ。」

 

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博物館へと戻る道すがら、大量の流木やゴミが流れついている場にでくわした。

「去年の台風でね、酷いありさまになっちまったの。頑張って片付けようとはしてるんだけど、人手が足りなくてね。」

次いで、こう語る。

「俺はボランティアだから、こうして案内をしても収入にはならないけどさ、やっぱり自分の好きな場所を、他の人に教えてあげられるってのはうれしいことだよ。

 ネットで情報を見て知った気になって、なーんも知らないまま帰っちゃう人、多いから。

 今日、あなたにいろいろ話せて、うれしかったよ。」


そうだ。私のように、知ろうとする者がいれば、語り継いでいく者も当然いるのだ。その人は私みたいに全国行脚はしないが、一つの土地で、一つの土地に向き合って、一つの土地を誰よりも好きになっていくんだろう。そしてそれを誰かに伝える。坂野さんのような人がいてこその、私なのだ。

 

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終始、喜々とした笑顔で解説をしてくれた坂野さん。こう見えてもう80歳なのだとか

 

「僕も、今日坂野さんに会えてすごくうれしかったです。ここにいてくれて、ありがとうございました。」



 

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何万年もの時をかけて、この地が形作られて。百何年前にこの地を謳った人がいて。何十年前にこの地に虜にされた人がいて。そして今日、この地の有り様を、語ってくれる人がいて。それを知った私がいる。

 

千代に、八千代に。

私もチャートのように、何千年も先まで残るような、生きた傷跡を残してみようかな。

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