風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

アブさん

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「すまんな、耳が遠くてなぁ。」

「あのバイクのー」

「ああ」

「そばの草地でー」

「ああ」

「一晩寝てもいいですかー。」

「ああ、どうぞどうぞ。雨はだいじょぶなんか?」

「だいじょぶです!」

「風邪ひかんか?」

「だいじょぶです!」

「ここらは全部ウチのもんだから、好きにテント張ってくれやぁ。」

「ありがとうございます…!」

90度に背中を曲げた。

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白川郷の道の駅も、県境の先にある道の駅も。衛星写真などで調べてみても、テントを張れそうな草地はない。かといってアスファルトに張れば、また美濃加茂で味わった灼熱地獄になる…。

仕方がないので路傍の草地を探しつつ156号を北上していたところ、岐阜と富山の県境を繰り返す庄川あたりで、いい感じの田畑を見つけたのである。そしてちょうどよくそこに持ち主のおじいちゃんがシニアカーに乗って現れたので、一泊させてもらう許可を取り付けたのであった。

 

 

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ということで手に入れたこの寝床なのだが、テントを張っている時にある問題点に気付いた。


「うああああやかましいいいい!」

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ

と耳にまとわりつく嫌な音。蚊ほどか弱くはなく、ハチより重低音ではない。

アブだ。アブが恐ろしいほど飛び交っている場所だったのである。

 

ちょうど卵の群生地にでも張ってしまったのか、ペグ打ちなどをしようとかがむたび、恐ろしい勢いで黒い残像が視界を乱舞する。ハムナプトラかなんかの、映画の1シーンみたいだ。

当然皮膚を噛みちぎられる訳にもいかなく、肌に付くたびにそれを追い払い…という行程を繰り返すため、テント設営は難航する。

新潟の親戚に頂いた蚊・ハエ用の忌避剤も吹きかけたが、効いているのかわからなかった。

 

 

 

何とかテントを設置し終えても、今度は食事を作らねばならない。アブを追い払いつつ火をお付ける作業の、なんと気の落ち着かないことか。道着をヌンチャクの如く振り回す私は、国道を行き交う人々にどう見えただろうか。

 

1台、スーパーカブに乗った壮年の男性が立ち止まり、「ここで寝るんですか。」と問いかけてきた。私こそこういった寝床は慣れているが、やはり普通の人から見たら異常なのだろう。

「ええ、まぁ。」

「へぇえ~。すっげぇ…。動物とか出るけど…、大丈夫なんです?」

「まぁ、慣れてるんで。」

というか今まさに動物(アブ)に襲われてるとこなんで

「食料はある? もしアレだったら、10分ぐらい走るとスーパーあるから。気を付けて。」

「ありがとうございます。」

今欲しいのは食料ではなく殺虫剤だ。

いやぁ、すっげぇなぁ…とつぶやきながら、男性は去っていく。

そんなに凄いか珍しいか。せいぜい記憶に留めてくれ。

 

 

ご飯ができると、アブに追いかけられつつ歩き回りながら納豆ご飯を口に運ぶ。

立ち食いならぬ歩き食いだ。落ち着かねぇ…。

と、ここであることに気付いた。羽音が、減った。

さっきまでブンブンブンブン鳴っていたのが、今はブン…!ブン……!って感じ。アブが減った…? 家に帰っちゃった?

 

時刻は19時ごろで、日没。アブは暑い時間帯を好まないという一文は見たことがあるが、これはどうなのだろうか。夜行性ではない、ということだろうか。

まぁなんにせよ、これ幸いと急いで食器を片付け、歯ブラシをガッシガッシ動かしまくっていると。橋の向こうからやって来たCBR250Rが減速し始め、そばに停まった。今度は何だ。

若そうな男性は降車すると、ヘルメットを取るでも挨拶する訳でもなく。CBRの前輪をグイグイと触って、それからまた乗車し

「パンクしたかと思ったら、大丈夫でした!」

「よかった! 気を付けて!」

なんなんだよ! このクソ忙しいときに、なんでこんなどうでもいい場所で人がやたら止まるんだよ!

 

答えの返ってこない問いを叫びつつ、本当に嘘であるかのように消え去ったアブを警戒しながら、テントに入り、寝た。

 

 

 

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羽音で目覚める。ブンブンブンブン……。

時刻を見ると、5時前。やはり、本格的な暑さが始まる前に動き出すのだろうか、彼らは。

昨晩テントを張っていたのは、18時ごろ。アブが消え去ったのは1時間後ぐらい。じゃあ試しに、もう一時間寝てみるか…。

 

~~

 

…思った通りだ。

6時前。羽音が消え去っている。やはり暑さ以外にも、活動する時間帯ってものが彼らにはあるようである。

「実に興味深い…。」

ファーブルもこんな気持ちで、昆虫を研究していたんだろうか………。

と、しみじみ浸っている場合ではない、なんで旅の途中で昆虫の生態を考察せにゃならんのだ。

アブがまた動き出さないうちに、テントを撤収した。

 

撤収のとき、左足に鈍痛を感じる。そういえば昨日白川郷で、排水溝の蓋を踏み抜いて変に傷めたんだったな…。

ちょうどよく今日は風呂に入る予定だったので、劈掛拳の練習は控えておき、南砺の山を庄川沿いに北上、砺波へと一気に移動する。

 

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岐阜から続いた碧の川と緑の山とも、ここでお別れである。道は相変わらず快走路だった。

 

 

 

~~

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開店前、一番乗り。

…だったのだが、半額目当てで申し込んだ入会手続きがエラー続きでうまくいかず、受付で1時間も待たされるハメに。

 

そういえば、テント片付けるときに一匹だけ死骸を見かけたな…。祟りかな………。

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