少年よ
3月2日
12時ごろに雨が上がるという予報を頼りにテント内で過ごしてみたが、雨は弱くなるばかりで止まない。
…もう、いいや。出よう。
雨に濡れながらテントを雨に濡らし、雨にまみれたロケットⅢに乗って野営地を飛び出た。
向かった先は、小江戸で有名な川越市。
雨の中そうそう長く走りたくはないので、近場に行くことにしたわけだ。
駐車場予約サイト『akippa』で見つけた市外れの駐車場に駐車し、徒歩で小江戸―川越市幸町へ向かった。
初めて利用したakippa。思いっきり民家の駐車場だが、暗くなるまで明かりがつくことはなかった。不在の間有効活用しているのだろう
値段と停めやすさで選んだ駐車場だが、小江戸までの道中はとにかく長かった。かれこれ、1時間ほどまたクソ重たい荷物を背負ったまま、歩き続けることに。
武田信玄の家臣、山口長左衛門が祀ったという寿町白山神社本殿を見学して
川越駅を横目に見て
若者たちが行き交う川越サンロードを、明らかに浮いた格好で突き抜け
小江戸蔵里(産業観光館)でコーヒーを飲みがてら、小江戸への道のりを聞き
道中「袴カッコいいですね!」なんてステキなオバさま二人に声をかけられたりしながら、ようやく『大正浪漫通り』にたどり着いた。
…そりゃあそうだ、ようやっと袴が似合う街に来たのだから。
未だ木造の純日本風の建物と、西洋の建造物が入り混じった石畳の通り。歩けば短いものだが、まさに浪漫を感じられるひと時に、思わず顔がニヤついた
ちょっぴりうれしかったのが、意外と…といっては何だが、若者もたくさん歩いていたことだ。あまりこういうのに興味はないのかと思っていたのだが。
古き良き日本の時代が忘れられることはないのだろうな、と少し安堵したしだいである。
“大正”と聞いたら言いたくなる。「太正桜に浪漫の嵐!!」
少しばかり進めば、いよいよ小江戸へ。
通りに出た瞬間目に入る木の柱、敷き詰められた瓦、土壁の達が、この身を一気に非現実空間へと連れ立ってくれた。
軒先を歩けば、今にも「へいらっしゃい!」なんて声かけられそうな雰囲気の中、車が往来するというギャップが妙に心地いい。
今は2020年。機械・デジタルが支配しつつある世界だ。そんな中でも、昔の営みが誰かに愛されて、誰かに必要とされて。今も残り続けているんだよということを、江戸文化に生きた先人たちに伝えたい。
小江戸倉里では「お店は早く閉まっちゃう」と聞いていたが、5時すぎでも営業中のお店は多くあった。もっとも、私は何も買うお金はないのだが
和雑貨商店『椿の蔵』の内装はなんとも絢爛。奥には足湯に浸かりながら茶菓子を食べられる足湯茶屋があったが、懐が…
しばし歩くと、目的地が見えてきた。
小江戸のシンボル、『時の鐘』だ。
江戸時代初期、酒井忠勝が建設したという時の鐘。何度も焼失したそうだが、何度も再建されたとのことだ。
焼失という経験があってのことなのか、消火栓が置いてあったのが興味深い
奥にある薬師寺さまとお稲荷さまに、旅の成就、そして今晩の寝床が見つかることを祈願して、後にする。
帰路はもう夜だ。さあてこっからまた駐車場まで1時間ウォーキングか…と思うと気が遠くなったが
こんな時間になったおかげで、昼の、現代の喧騒のない、まさに江戸時代の小江戸の顔が見られた。
雨だからって立ち止まっていたら、何にもぶつからない。とりあえず動いてみれば、なにかにきっと巡り合えるのだ。
そう自己に言い聞かせた瞬間、ゴオン……と、時の鐘が鳴った。
“少年よ
旅に出たなら
雨も降る
顔を上げて”
藤林聖子