風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

魔城

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道の駅 賤母の清水を頂き、岐阜編開始。テントの撤収をしている時、「ゴミない?」と話しかけてくれた掃除のおばさんが優しかった。

木曽川を挟み、瀬戸の斜面に並ぶ田畑や住宅地を横にしながら、中山道に別れを告げる。

 

相変わらずの熱波に苦しみながら、ロケットⅢを休ませつつ国道1921248を、誤って愛知県に入らないよう進む。本日の目的地は岐阜城だ。

 

 

えっ岐阜にお城なんてあるんだ。

なんてのは昨晩電話した母の言葉だが、あるのである。かの有名な信長の居城として名高い場所だ。

ただ私自身、これが岐阜城です!とテレビなどで大々的に映し出された岐阜城を見たことは、ない。あまり見かけないその理由の一つは、岐阜城が山の上に建てられた山城だからだろう。鶴ヶ城とか大阪城とかみたいに、街中から簡単に眺められるものではないのだ。

 

 

といっても知れた高さの山なのだろう?と、標識に従い岐阜城へ近づく。

長良川に沿い始めれば、そろそろ見えてくる筈なのだが…。ふと、左手の山を見ると。

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あった。

お分かりいただけるだろうか。ちょうどロケットⅢの前輪の、上あたりに天守が見える。

「えぇ…っ、たっか…! けっこうな山にあるんですねえ!」

 

岐阜城公園にロケットⅢを停めると、金華山山頂までのアクセス方法を確認する。

一番手っ取り早いのはロープウェイを使うことだが、往復1,100円か…。登山道でいこう。

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その登山道も4つに分けられているみたいで、それぞれ難易度や所要時間が異なる模様。

その中の一つ、『馬の背登山道』に目が留まる。

「もっとも険しく、健脚向き、ですか…。」

行くっきゃないな。岐阜城落としと洒落込もうじゃないか。

 

 

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馬の背道は、かつての登城道である『水手道』から分岐するというので、ひとまずそこから登山開始。

 

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小学校のころ習った、閃緑岩…みたいな尖った岩が、登山道にゴロゴロと露出している。上を踏むと、ブーツ越しでも足の裏に鈍痛が走る。

 

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ゆるりと進み10分後、いよいよ馬の背道との分岐点へ。でかでかと「老人・幼児には無理です。」と掲げられている。

俺は老人か?幼児か?臨むところじゃねぇか!

 

暫くは岩の露出こそ少ないものの、なだらかな斜面で歩きやすい路面だった。

「たしかに獣道で、一般の人には大変かもな…。」とたかをくくっていたが、数分後。

 

 

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「なんじゃこら…。」

登山道って名前つけていいのかここ。崖じゃねぇか。

馬の背道は、かつての裏道として使われていたらしい。さながら急用の忍者とかが、飛び回りながら駆け抜けてったんだろうか。

四つん這いにならないと進めない岩の道…道? いや崖。辛うじて垂直ではない崖をエンヤエンヤと登っていく。

たしかにこれは、老人子どもには無理だ…。だが、これが一番の難関ってとこじゃなかろうか…。

 

登りきる。

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そんな筈はないのだ。さっき見たじゃないか。あんだけ高い山なんだから。そう、数十分で登りきれる訳がない。

息を切らしながら、肘を曲げ、膝を曲げ、岩をつかみながらひたすら上る。

 

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登っても登っても、岩場の崖は現れてくる。

これを登れば、これを登れば、もうすぐ…。先は長いと頭ではわかっていても、そう思わずにはいられなかった。

たまらなくなり、腰を落とす。

 

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お湯になった賤母の清水をガブガブ飲み、心臓を落ち着ける。

ヤバイ、ヤバイかもしれないぞ、今回ばかりは…。

脚のジンとする痺れが解けたあたりで、またバックパックを背負い歩きはじめるが、やはり疲労は取り切れない。さきほどよりも早いインターバルで、また座り込む。

 

これを数度、繰り返した。

 

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脚がガクガクと震え始める。

効率的ではない登り方だとわかってはいても、コース指示用に設けられたロープに縋りつきながら、岩場に足をかける。

汗がヤバイ、滝のようだ。俯くだけで、容易に雫が落ちてくる。

 

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辛い。辛い。

ヤバイ、頭が若干、ボーっとしてきた。また、座らないと。これ以上歩いたら、何か吐き出しそうだ。昼飯を食べてこなくて、良かった…。

 

 

 

死。

 

 

とまではいかないだろうが、こんな低山で遭難の二文字が頭をよぎった。

裏立石寺とかで付けた自信が、悪い方向へ働いてしまった。こんなバックパックを背負って、どこへでもいける筈はないのだ。

この旅を始めて以来、初めて自分の選んだ道を後悔した。

 

 

 

 

 

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「見えた!」

光だ。山頂だ。

最後の力を振り絞り、整備された石段を一つ、二つと脚に悲鳴を上げさせながら登りきる。

 

 

 

「………!」

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もう、言葉が出るより先に、ベンチにどっかりと座り込んだ。

馬の背道登山開始から約50分後。ようやく、復元された岐阜城を拝むことができた。

「もうっほんっと……! 馬鹿かよ…! なんでこんなとこに城建てた…っ!」

信長の城らしい。まさに、魔城である。

 

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見てよこの景色。

岐阜の町を見下ろして、カッカと笑っていたんだろうなぁ。

天守閣には200円払わないと入れないし、もう登る気力はなかったので見送った。

 

先ほど信長の魔城と言ってしまったが、かつての城主は美濃国を治めていた斎藤道三だった。名前も、その昔は稲葉山城。美濃の攻略に成功した信長が、それを追い出し自らの天下取りの拠点としたのである。

信長のものになってからは、石垣のほか巨石列が構築されるなど近代的な大改修が施され、まさに山そのものが敵をはねのける、城としての役割を果たしていたことになる。

 

恐ろしいほど攻めにくい城であることは身を以て経験したが、それでも関ヶ原の前哨戦で福島・池田両軍に攻め落とされたのだというから、昔の武士というのは本当に凄絶なものだったのだな、と畏敬の念を覚える。

 

 

 

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山頂のレストラン『La Pont de Ciel』では道三・光秀・信長の三英傑をテーマにした丼物が用意されているのだが、道三と光秀は完売。『麒麟がくる』効果ってやつですかねぇ…。

 

哀れ信長よ、注文してやろう。

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『信長どて丼』を片手に、城下を見下ろして。我カッカと笑いけり。

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