追憶⑥
「そんな訳で、スケールダウンするようだけど…、夢を変更することにしてみた。旅に出たい。」
“そっかぁ、…まぁ、あんたがやりたいことをしていいよ。”
「…正直、旅をしたところで何にも発展しないかもしれないし、無駄な時間になっちゃう可能性が大きすぎて…。ごめん、親孝行もしないで、おかんの人生踏み台にするようなことしちゃって。」
“お母さんね、子供には自分の道を歩んで欲しいと思ってるの。峻がお母さんのことを思った上で自分の道を進んでることくらい、ちゃんとわかってるからね。そのことを、わかっていて欲しい。”
「…ありがとう。」
“そりゃあ淋しいし心配だけどさ、峻はやっぱ、風みたいな子なんだね。そういうふうに生きるのが、やっぱ合ってるんだろね。”
電話を切る。
こんな時、「ふざけんじゃねえ!」って言ってくれる親だったら、なんぼ気兼ねなく「親のことなぞ知るか!」と夢を追いかけられたことだろう。優しい人に恵まれるのは幸福なことなのに、それがたまに、心苦しくなる。
「…ま、就職できなきゃ意味ないんですけどね。」
この前書いた原稿を母や友人に見ていただいたところ、まぁまぁ読めるという出来だったようなので。私はその原稿をさまざまな出版社などに送りつけ、まずは文を仕事にできる機会を得ようとしていた。
そこで修行を重ねて、いつか、文を書きながら旅に出る機会さえも得てみせる—。
なんてのはひどい理想論なので、ひとまずは人手を必要とする、某通信会社の下請けに勤め生活資金を確保することにした。
“若手だ”と期待され、工具一式を上司に買っていただいたり、バイク好きな先輩によく話しかけられたりと、前の職場より何倍も過ごしやすい環境に置かせていただく。
苦手な理工系の分野だったが、先輩方に報いたいと願えば自然と身が入った。応募をした出版社たちからは一つも返事がないので、正直夢のことなど諦めており、早く仕事を覚えたいと必死に先輩の作業を見つめる日々を過ごす。
…のだが、運命とは皮肉なものである。
一週間ほど経ち、職場に馴染み始めた頃。
“よかったら、まずは面接に来てみませんか?”
…との電話をいただいた。
…え、ウソ。
嬉しい。けど、どうしよう。ここの人たちに、だいぶお世話になっちゃったし………。
自分で決めた道へ進める筈なのに、人の優しさが枷となって動きを鈍くする。
“たった一週間で仕事辞めたりしたら、良くしてくれたみんな、怒るだろうな、失望するだろうな…。嫌われるだろうな……。”
不安をグルグルと頭の中で回しつつ、電車に乗り、出版社の面接を受ける。
「いいね、是非ウチで働いていただきたい。」
どうしよう。
どうしよう。
どうしよう。
行きたい。けど、みんなの期待を裏切って、他人を嫌な気持ちにさせて。それって正しいことなのだろうか。自分勝手じゃないだろうか?
でも、これが私の進みたかった道だし。夢だし。夢を進んで手にしない人生って、意味あるの??? でも人の厚意を踏みつけて手に入れる夢って、価値あるの…?
これは誰のための人生なのか………?
…ああ、もう、バカバカしい。
幾時間か考えたところで、やっと気付いた。
綺麗ごとを並べているが、結局私は、嫌われたくなかっただけじゃあないか。
「………もしもし。
はい…。…はい。何日でも、お伺いできます。」
“そうですか。では、8月8日あたりなんていかがでしょう。”
「大丈夫です。よろしくお願いいたします。」
もしかしたらこの時、私は一つ、強くなれていたのかもしれない。
例えそれが世話になった人だろうと、暖かい心を持った人だろうと。
自分の夢を追うためなら、どこまでだってそれをふいにしてやる。失望させてやる。嫌われたっていい。私に嫌われなければいい。
恩返しで潰すほど、私の人生は安くないのだから。