悲鳴
8月3日
なんて風情のある浴室だろうか。
湯煙の中に見える力強い木の柱や梁が、目に美味しい。
そして湯気を浴び湿ったそれらの発する香りの、またなんて心癒すことだろう。
露天風呂派の私だが、ここは内湯でしばし過ごしてしまった。
ただ、例の如く大荷物をフロントに預けるのに100円取られるのはいただけないが。旅人に優しくない。
まぁともかく草津・大滝乃湯にて、梅雨の濡れ疲れに峠越えの疲れも癒されたところで、18時ごろ館を出て道の駅を目指す。今朝、撤収際に「ここほんとはテントダメなんですよー」なんて草津の道の駅では言われてしまったから、時間はかかるが吾妻川沿いの駅に行こう。
…スタッフがいない夜中にテントを張ればバレないだろうが、ここは面倒くささよりリスクの大きさを考慮する。
風呂に入っている間、豪雨に見舞われていたロケットⅢに火をくべる。
…一瞬のアイドリングを刻み、ストールしてしまう。
「んんん…。」
山形あたりから、雨の後のかかりが悪い。FIが正常に動いていないのだろうか。
アクセルを煽ってなんとか起動し、霧がかる草津を後にする。
快走で登ってきた国道292を、今度は快走で下る。
いつも下り坂でそうするように、燃費を意識してクラッチ全切り、惰性でロケットⅢを転がしていると。
「ウッ。うそだろ…!?」
マズイ。オイルランプが点灯している…!?
買ったばかりの頃、猛暑の東京で点灯したことはあったがそのときはすぐ消えた。今回はなんでだ…!??
頼む、今回も何かの誤作動であってくれ、消灯してくれ…!
願いながら、ひたすら下り坂を落ちていく。
やがて、前方に先行する車が見えたので。クラッチをつなぎ、エンジンブレーキをかけようとする。と、
ウゥゥゥゥゥン……!!
と鈍い嫌な音を立て、5速につないだつもりが2速ほどの強烈なエンジンブレーキがかかり、上体が思わずのめり込む。
なんだ…??!
その後しばらく、クラッチをつなごうとすると、まるで半クラッチの手順が消えてしまったかのように、急に強烈なエンブレがかかる現象が起こる。
“これは…、マズイかもな。本格的に……!”
なんとか道の駅 八ッ場に着くころには正常な動作に戻っていたが、私の心境は正常ではない。
テントの中で横になり、考え込んだ。
“冷えた影響で油圧が下がって、ランプが点灯したのか…? それで、エンジンが調子よく回る前にクラッチ切って速度上げたりしたから………”
考えてみても無駄だ。私はメカニックではない。ネットで調べたところでこんな症状は見当たらないし、見つかったところでどうしようもない。
前も変な動作を起こしたことはあったし、今回もその類だと信じて長野へ向かうか。
それとも、大事を取って前橋のトライアンフに持ち込むか。
「………いやだなぁ…。」
明日は長野へ入る予定だったのに。ここまで来たのに。
先を急ぐ旅ではないが、自分の意図ではないのに足踏みしたり、後退させられるのはやはり、嫌だ。
だが、こいつは…、ロケットⅢは、私の旅の、大事な相棒だ。色んな人の想いも籠っている。大切に扱ってやらねば…。
エンジンに手を当てる。まだ熱が残っている。
「こんな主人でゴメンなぁ…、嫌われちゃうよなぁ…。」
“いや、お陰様でいろんな景色を見れたし。嫌ってはいないけどさ。”
そうか。でも、だったらなおさら、あんたは大事だ。ここは勇退しよう。
面倒くささよりもリスクを、ってさっき考えたばかりじゃないか。
本当にツイてないことに、トライアンフは毎月第一火曜、即ち明日は定休日である。そんな運の悪さがやるせなさを増大させたが…。まぁ、こんなことがあってもいいよ。
「1日、ふいにするか。」