Keep On Rolling
7月30日
結局、一週間も新潟でお世話になってしまった。
散々お世話になったおかげで、「明日、出ます。」という一言も言い出しづらくなってしまう。
長く滞在させていただいたのは梅雨明けを待つ理由があったが、その陰でもう一つ理由があった。
スランプに陥っていた私の、精神を落ち着ける時間である。
〜〜
北海道では、己が進みたいときは進めばよしと考えを結論づけた。
それはつまり、じっくり探検したいときはそうすればよいという結論でもあるわけで。ここ数日は、まさにそんな気分だった。
だったのだが。
いくら練り歩いてみても、米沢から魚沼に着くまで、納得できる発見が得られなかった。“これは書いておきたい”、と心の底から思えるような事象に、巡り合えなかった。
誤解しないでいただきたいが、これは決して“発見を使命づけられている”とか“書くことを命ぜられている”訳ではない。
ただ本当に、面白いものを見たいのに、見られない。書きたいのに、書くものがない。というそれだけのことだ。
小難しく書いているが、”魚が食べたいのに何も釣れない“のと一緒である。ただの欲求不満なのだ。
そんなただの欲求不満なのだが、私の心に暗雲を立ちこめさせるには十分すぎた。
”小国ではただ「私に合わなかった」と気にしていなかったが、ここまでくると本当に私が何かいけないのではないだろうか”
“いや、これは本当に何もない時間で、筆を休めろという天啓ではないだろうか”
“だとしても、こんな気持ちでいるのは、休むことになっているのだろうか…”
思考は相変わらず堂々巡り。
劈掛拳の練習も、語学の勉強も、五輪書の読書も全く手をつけられない。
何がいけないのかなぁ…。俺がいけないのかなぁ…。変わることも必要なのかなぁ…。
そもそも、いけないことが本当にあるのかなぁ…。
…
「ああもう、やめだ、やめ。」
なぜ不快なのか、その理由すらもわからない悩みを考えていてもしょうがない。
きっと、今まで通り。旅が解決してくれるだろう。
まだ先は長いのだから。気にせず進めばいい―。
〜〜
「お世話になりましたっ。」
それよりも今は、この感謝を噛み締める時だ。
別れ際にはまた娘さんにも会えた。
ああ、またあの感じだ。
実家を出るときの、あの胸にギュッとくる感じだ。
中ノ岳、トンネル、メダカ、トウモロコシ、桃、草むしり、モツ、松坂牛、夕顔………。
この一週間でいただいた何もかもが、一挙に思い出されてはまた記憶の奥へ流れ込んでいく。
ロケットⅢについた蜘蛛の巣を払いながら、未練も払い。シートにまたがった。
「また、絶対来ます。」
今は何も考えるな。今日この瞬間でしか味わえない、この気持ちを噛みしめろ。
感謝を噛みしめながら、イグニッションを入れ、スタンドを払え。
大声で別れを言え。走ってしまえ、旅に出ろ――。
遠い昔の夏休みもそうしたように、沢を越える橋を渡り、家が見えなくなるその瞬間まで手を振り、新潟に別れを告げた。
悩みは、生きている限り消えないだろうが。かといって頭を下げていたら、生涯に一度の景色だって見落としてしまう。人の暖かみだって知らずに過ごしてしまう。
だから—。それはとても辛いマラソンだろうが、悩みつつも前を向いて、ハンドルを握るしかない。脚を動かすしかないのだ。
「頑張れ、俺。」