小出
7月27日
「よかったらついてくる? そんでよかったら今晩ウチ泊まってく?」
と声をかけられたのは、昼過ぎのこと。新潟のおじちゃんおばちゃんの娘さんが、私が居候してる実家に訪ねて来たのだ。
居候してる挙句、コロコロと居場所を変えるのも申し訳なかったが、人生是全て経験だと娘さんについていくことに。彼女の乗るベンツのV8エンジンが田園に響いた。
“ついていく”、というのは娘さんの営業にである。最近、趣味で繁殖させていたメダカを産直施設などで売ることができるようになり、今日はその販路拡充に向かうのだとか。
美しい個体を幾重にも渡る交配で生み出すのは一筋縄ではいかないらしいが、だからこそやりがいがあるのだろう、良いメダカは数百万の価値がつくこともあるらしい。
順調に交渉を行なっている様子の娘さん。今日は一店、追加で置ける運びになった。すばらしい。
「よくあんな山の中に何日もいたねーすることなかったでしょ。」
「いえいえ、することないのが今は至福なので。だいぶお世話になってます。」
「この辺はなんもないからねぇー、“何がありますか”って聞かれても、もう尾瀬の方行っちゃったください、通り過ぎちゃってくださいって言っちゃうよ。」
「走っている分には気持ちいい一帯なんですけどね。」
少なくとも、親戚宅へ向かうまではカーブこそ多いものの路面は悪くなく、天気が良ければ田舎暮らしを背景に気持ちいいワインディングが楽しめそうな場所であった。田んぼを挟んで遠方に見える雄大な山脈も、都会で見れるものではない。
「中途半端に新しいからさ。最新ってわけでもないけど、古民家がある訳でもない。
「……。」
そういう面も事実ではあるが。
おじちゃんも言っていたが、ここは雪深い国であるのがネックになっているようすである。
広大な土地に一大企業でも加入すれば、従業員なども移り込み発展するのだが。雪があるおかげでアクセスは悪く、なかなか手を出す企業はない。それは、最近流行の“田舎暮らし”をしたい都会民にとっても同じだった。
“ここもまた、違う形で苦境なんだろうな…。
久慈で町おこしを志していたマルさんたちは、元気かな……“
「ここが一応、あたしたちの住む小出のメインストリート。」
と笑いながらアーケード街に車を停める娘さん。小規模だが小出の中心街なので、休日などは呑んべえが歩き回るとのこと。
居宅はここに面しており、図らずも気になっていた高床式のお家を体験することになった。車庫からやや急な階段を上り、玄関をくぐってお邪魔します。
家は高床でもあり街中の住宅でもあるため、間取りは3街建ての細長構造とこれまた図らずも面白い空間を楽しむ。
屋根の傾斜は緩やかになっており、そこで家庭菜園をされていた。私の知らない暮らしだ。
周りの家も、屋根に乗れるところが多いらしい。環境変われば住宅地ですら景色は変容する。それが面白く感じる。
「うおお…」
ついでにこちらも私の知らない暮らし。
家の中の2、3部屋ほどが、メダカの水槽で埋まっていた。プロだなぁ…。
その晩は娘さんと、娘さんの旦那さんと、娘さんの旦那さんのお母さんと、娘さんの息子さんと、訳あってJA魚沼の会長さんと………とまぁ、親戚同士ですき焼きをいただく。
ここのところ、おじちゃんの家でもご馳走ばっかだし…。幸せなことに、体重が増えてきた。
ちょうど親戚から送られてきたということでまさかの”松坂牛“を頬張り、酒をあおって新潟弁に囲まれながら口許を緩ませた。
“…ヤバイなぁ、茨城の時と同じだ。旅人生活に戻るのがちっと怖くなっちまうよ………。”
こんだけ暖かな人がいるんだから、多少不便でも、田舎でも、いいんじゃないかな。
部外者の手前勝手な意見だと分かっていても、そう感じざるを得ない。
だってここで寝る布団は、暖かい。