裏立石寺
前回より
日枝神社まで戻り、激励をもらった茶屋のおばさんのところで冷たい瓶コーラをいただく。
「おつかれさん。この後はどこ行くの?」
「垂水遺跡ってとこに行きたいんですけど…。」
と言うと、一瞬おばさんの動きが止まったように見えた。言っちゃいけない場所だったのか?
「ああ…、あそこはすごいところだよ。鳥居が傾いてて、石がポコポコへこんでて…。
でも、道中はほんとの山道だよ? 寂しくない? この前も男の子のグループが行ったけど、猿に引っかかれたりして帰ってきてさぁ…。」
「まぁ、歩くのも寂しいのも慣れてるんで。大丈夫ですよ。どうやって行けます?」
猿は恐かったが。
『垂水遺跡』という名を見つけたのは、昨日のこと。グーグルマップで立石寺周辺を見ていたら、道路とは離れた位置にその名がポツンと刻まれていたのである。見た感じ道が通じている様子もないので、人に尋ねざるを得なかった。
おばさんによると、街道に戻ってもう少し川の上流へ歩くと『千手堂』なるお寺があるそうで、そこまで徒歩10分とのことだが。街道に戻らずとも行けるということで、もう一つ山肌沿いに行ける道を教えていただいた。
案内された方面へ行くと、墓地に差し掛かる。
不安になったので管理の人に尋ねてみたら、
「こちらからも行けますよ。ただ……、かなり荒れた道ですが。」
“行き止まりに見えますが、そのすぐ右わきの道が進めます…”
これか。
本当に獣道だな。
「………。」
覚悟を決め、足を下ろした。
なるほど、確かにほぼ獣道だ。とはいえ時折歴史を語る看板が立てられており、それによればここは昔の主要な道だったとのこと。
恐いが廃墟もあるし、その説明は嘘ではないのだろう。
この程度なら何とか迷わずに進めそうだ。
それにあのおばさんが知ってるぐらいだから、言っちゃなんだが若い俺なら大丈夫だろう。
通り道がぬかるみ始めてきた。倒木も目立つ。
小さいが、川の上を渡らされる。
行き止まり? 道間違ったか?
いや、続いてる。
…ヤバイ、笑っていられない道になってきた。
修験場なる広場に、毘沙門天岩なる険しい岩がそびえたつ。その岩の脇…、写真の真ん中が道のようだが…。
もはや、これは道なのかわからなくなってきた。たしかに踏み鳴らされた跡はあるが、その道幅はもはや30センチあるかないか。それでもたまに見える”東北自然歩道 やまでら天台のみち”なんて刻まれた柱が立っているのが見えるから、”合っている”と信じて進まざるを得ない。
大量の小バエとかが纏わりついてくる。普段なら簡単に躱されてしまうが、その量が多すぎて適当に手を振るだけでも叩き落とせるほど。
倒木を乗り越えたり、たまに道が崩れたりしながら。”城岩七岩”なる地帯を越えていくと、不思議と眼前を覆っていた小バエがいなくなって。音が聴こえなくなり、陽光が優しく降り注ぐ空間が見えてきた。
「あ…、着いた。」
それが見えたのは、獣道を進んでから約20分、奇しくも立石寺参拝と同じ時間だが、遥かに長く感じた後のこと。
鍾乳洞のように、水のはたらきで生まれた奇岩怪岩が目の前に現れた。これだ、これが見たかったのだ。
えぐれた岩の中には文字が刻まれた石などが納められ、ここもまた立石寺と同じ修行の地、霊験あらたかな場であると実感させられる。
あちらと違うのは、恐ろしいほど静かだということ。先ほどまで大量にいた、観光客たちなど見る影もない。まさに真の”静かさや…”である。
“ああこれだよ、これ。こういうのが俺の旅だよ”と充実感に浸っていると、静寂の中に”パシャリ、パシャリ”という音が。
少し奥を見ると、誰かいるようである。
“こんな山奥に…。”
そういう”仲間”なら大歓迎である。一眼レフと三脚らしきものを抱えた若い男性に、思わず声をかけた。
「すごい場所ですね。」
「ええ。それに、すごい重装備ですね。」
「ああこれ、実はほとんど山登りに関係はないんですよ。」
「ええー…。」
聞くと彼は、おばさんが言っていた千手堂から”正しい道”を通ってきたようである。そのおかげで道はさほど険しくなく、比較的短時間で着いたようである…。
立石寺から山肌沿いに来たことを語ると、けっこう驚かれた。
「どうやってここを知ったんです?」
「俺はグーグルマップでたまたま…。あなたは?」
「僕は周りの友人が”ここすごい”と言っていたので。来てみたんです。ですがほんとに、こんなにすごい場所だとは…。」
彼…松本さんは神社などの文化遺産を3DCGで表現する活動をしているらしく、こうして色々な史跡などを巡っているのだという。多くて1,000枚以上の写真を以てCGに表すそうだが、
「ここはなんか…、CGにするなんて、おこがましい気がしちゃって…。今日は止めとこうかな、って思ってたんですよ。」
なんか、すごすぎですよね。
すごいよね。
人がいなくて、いいですよね。
そうそう、それがいいですよね。
山奥の深緑の中、奇岩を前にして二人きり。
意気投合しながら話し込んでいると、大きなハチが飛んできてお互い頭を伏せた。
「…降りますか。」
「そうですね、もう少し、写真を撮ってから…。」
撮影:松本氏
それから彼の案内で本当にラクに街道まで降りると、嬉しいことに車に乗せてもらってロケットⅢの元まで送っていただく。お互いの旅の安全を祈り、別れた。
修験場から馬場跡を経由する、どうやら一番長い道を私は歩いてきたらしい。
「あら~行ってきたの! その荷物預かろうかって、よっぽど言おうと思ってたのに~~頑張ったねえ!」
せっかくだから、言って来た旨を茶屋のおばさんに知らせた。ご褒美とばかりに漬物のきゅうりをいただいたり、またコーラを買ったりして胸を落ち着ける。
「昔観光ガイドの講習で、あそこまで行くツアーがあったんだけどね、私用事があって行けなかったのよぉ。」
…
………えっ。
「おばさん、行ってなかったんですか?」
「うん、たまたま居た娘たちが同行して、あとで”よかったよぉ~”ってお話を聞いたの。」
…なるほど。
おかしいと思ったんだ。あんな道を、まだ若いとはいえおばさんが通るなんて。
じゃあ、私が行った道は、もしかしておばさんが言っていたのとは違う道だったのか? 看板に書かれてる道とはいえ、遺跡に辿り着いたのは奇跡に近かったのか??
答えはわからず終いで、なんだか狐につままれたような気分だったが。
ともかく、私らしい、”一般大衆とは違った”冒険ができた歓びを噛みしめて。コーラをグイッと飲み込んだ。