ほうき雲
小町の道の駅に戻ってくると、そろそろ慣れてきた雨に降られてしまう。
焼味噌たんぽを食べて時間を潰しながら、いつも通り雲の合間を見て由利本荘方面へ舵を切る。
交通安全運動ということで何やら催し物が始まる間際だったが、残念ながら見物してる時間はない。お偉いさんのスピーチを3気筒の重低音でかき消して出発した。
由利本荘へ再び舞い戻る国道108号は、はじめギョッとする狭さと路面の荒らさが目立ったが。大型トラックも向かってくるし、進んでも問題はなさそうだ。
新品タイヤのトレッドなめんな!
鳥海町に入る手前でまた猛烈な雨とすれ違ったが、以降は山を下るにつれ段々と余裕のある道になり、雨に叩かれ埃が落ちたのか、シールドの視界も良好になる。
由利本荘市街手前の田園地帯にて、日本海方面の空がうすらぼんやりと青く染まっているのに気が付く。
…まさか。くもりでも万々歳ものなのに、まさかまさか、晴れてるのか??!
由利本荘から秋田旅の終点・象潟へと向かうと、やはり見間違いではない。青い空が私を待っているのが見えた。
「ああ、今行く、今行くともっ…!」
インカムのランダム再生はNONA REEVESの『透明ガール』を選曲。もう、これは決まった。夏が、夏日和がすぐ目の前にあるッッッ。
…すんばらしい。
海なんて、この旅でだって何度も見てるのに。ここ数日雨に叩かれた身からすると、青く輝くそれを何度見たって飽きることはない。いやむしろ見るたびに涙腺が震える気がしてくる。
さっきまで灰色だった世界が、草の緑に、木の茶色に。海の青に。次々と色を得て、瞬く間に輝きを増していく。
道の駅象潟の波止場にて、大の字になって日光を受け止めた。
眩しさで目が細まるかわりに、閉口していた口許が一気に緩み開く。
ブーツを脱ぎ、濡れて恐ろしい匂いを放つようになったそれと靴下を乾かして。
代わりに漂う磯の香りを鼻孔に招き入れながら、原稿を書いたりして夏日を満喫した。
実は天気予報によれば、今日も湯沢方面は雨とのこと。もし今日向かうことになっていたらまたずぶ濡れになっていたのである。結果的には、先日のバカな行動が実を結んだわけだ。
この道の駅は国に指定された”重点道の駅”らしく、秋田市のカフェで聞いたとおり夕陽を臨める温泉があるほか、足湯に本館とは別の飲食施設に市場、子供から老人まで遊べるグラウンドにもちろん休憩所と、隙が無い構えであった。
にかほ市も、鳥海山方面にはため池など美しい景色があるようだったが…。もう、この日和に陶酔してしまった。ちょうど、ガソリンも残り少ない。
今日はもう、ここで。明日も、ここの温泉に入って…。秋田は終わりにしよう。
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噂に聞く夕陽を眺めるため、しばらく呆けた。
雨のお陰で、結局あまり回れなかったなぁ、秋田。すまない。
振り向けば風力発電の群れが遠方に見える。
そういえば、青森から秋田まであれが多かった。さながら東北北部の海岸沿いは、”風の土地”といったところだろうか。
今思い出しても興奮する。龍飛岬から日本海側へと出て、男鹿周辺でその力強い波風を走ったあのひとときを。
また絶対、絶対走りに来よう。風と共に走れるこの土地を。
ずっと私の上を覆っていた雲は、風になびいてほうき雲となり、長い尾を引いていく。まるで、”こんな天気嫌だ”という私の想いが通じたのか、筆でグシャグシャっと雨雲を払いのけたように。
ありがとう、秋田。また、いつか。