感謝
7月26日
前回より
鶴の舞橋のステージにて手を叩いで遊んでいると、首から身分証のようなものを下げた御婆様が声をかけてきた。どうやらガイドのようだ。
「あんら重そうな荷物しょってぇ。どっから来たの~?」
神奈川から始まって、大間まで地続きで行って、それから北海道へ行って宗谷岬に行ってからのまた青森です…。
と、そろそろ説明が大変になってきた旅程を話す。今後こんなやり取りが何度も繰り返されるのか…。
いつもどおりその後「頑張って」「気を付けてね」なんて有難い言葉をいただいて別れる流れかと思いきや、「重たいだろうから座りなさい」とステージのベンチに隣り合わせに腰掛け、しばし話すことに。
まぁそれでも、いつも通り何で移動しているのかとか、何でこんな格好なのかとか、どうやって夜を過ごしているかなどひととおり話したところで
「晩御飯だけでも食ってくか?」
と、いつも通りじゃないパターンに突入した。
「とはいってもさ、あたしベジタリアンなんだけど大丈夫?
何か食べたいもの、ある?」
「食べたいもの…、考えたこともないですね。」
「うわ~なんて無欲な!」
決して無欲なわけではない。ただここ最近の生活で、考える余裕なんかなかったというだけなのだが…。
「ほんとうは泊めてあげたいんだけどさ、昨日娘たちが帰ったばっかで片付いてないのよ。
屋根は台風で修理中だし、ボイラーも壊れちゃってお風呂も入れないのよ。でも布団ぐらいは敷けるけど、どうする?」
「いえいえ、いつもアスファルトの上で寝てるぐらいなんで。この上なく贅沢なことですよ。」
という形で、今晩は屋根の下で寝れることになった。青森の人すごいな。
「では、5時半ごろ道の駅で」と、相馬さんと名乗る方と別れ、それまで湖畔をぶらぶら。
『鶴の里ふるさと館』なる原形ままの茅葺屋根を見たり。
『丹頂鶴自然公園』で鶴を見たりして、あとはぼーっとしたりして時間を過ごした。
道の駅には、偶然相馬家に訪れていたという知り合いの若いバイク乗り(W6)が迎えに来てくれた。
家に通していただくと、アキラさんと呼ばれる若い人物は、たった今知り合ったばかりの私につまみを買ってくれたり、バイクにカバーをかけてくれたりと手厚くもてなしてくれる。なんなんだ…なんなんだこの厚意の嵐は。
家は「散らかっている」と言っていた割にはかなりきれいに整えられており、客間には巨大なテーブルとそれを取り囲むように上物の椅子が並んでいた。
そう見まわしている間にも相馬さんはプチトマトやコーヒーを用意してくれ、やがて料理も運ばれてくる。
しそやきのこの天丼に、こんにゃくと海苔で作ったというお刺身。
サラダの盛り合わせに、おからを肉のように調理したもの…と、前言通りの野菜定食。
「お肉を食べてるとさ、やっぱりこう、闘争心が強くなっちゃうのかな。私ベジタリアンを始めてから、ぜんぜん怒らなくなったもの。」
もう二十何年もこの食生活は続いているそうで、医師にも褒められるほど血液もきれいなのだとか。
正直私はお肉大好き人間なのだが、この料理…、イケる。すごい美味い。
天丼の揚げられた野菜たちは、”ほんとうに揚げただけか?”と疑ってしまうほど各々の臭みなどが取れており、代わりに芳醇な旨味が噛むたびに口に沁み込む。
こんにゃくの刺身やおからのお肉も初めて口にしたが、本当に魚や肉かと思うほど食欲をそそる味だった。
食べていると、相馬さんも自分の分を持ってきて隣へ座る。
彼女の旦那さんは10年ほどまえに脳梗塞に遭い、体がマヒ。長い闘病生活の末今は杖を突きながら歩けるレベルにまで回復したが、それでも同居する相馬さんの苦労は想像に難くない。
普通ならそれだけで落ち込んでもいいようなとこだが、相馬さんは「夫が闘病してる間、きっと地域のお世話になっていたんだ。だから、私も恩返ししなきゃ」と、ガイドの仕事を始めたらしい。相馬さんいわく、その仕事が楽しくて楽しくてとのこと。
「私は質素倹約の先生なんて呼ばれててさ。ベジタリアンなのもそうだけど、あんまり贅沢しないのよ。欲しがったり比べたりするとさ、疲れるし。
なんでも、自然に身を任せてるの。そうすると不思議と周りにもいい人が溢れて来てさ。あの壁を作ってくれたのも、この机も、あのタンスも、絵も…、みーんな、人に頂いたんだよ。」
と指を差しながら話してくれる。多分それは単に人に恵まれているというわけではなく、見ず知らずの私の世話をしてくれる、その人柄によるものなのだろう。
その証拠に、相馬さんは「みんなにお世話になってるぶん、私も人に何かしてあげなくちゃ」と続けていた。家のところどころには、”感謝”にちなんだ格言が飾られている。
「峻佑さんもさ、きっと感謝してるんだよね。」
「えっそう…ですか?」
「だってほら、さっき”食べたいものなんか、考えたことない”って。あれはきっと自然をありのままに受け入れて、もらえることに感謝してる人にしか言えない台詞だよ。」
「うーん、そうですかねぇ…はは。」
前述したが、この旅では選択の余地がないだけなのだがな。
だが「いい意味で老けて見える、落ち着いてる」とか、「旅に出るなんて勇気がある、すごい」なんて言葉をもらうと。知らず知らずのうちに、たしかに自然と共に生きて何かが自分の中で変わっているのかな、なんて気がしてしまった。
「やっぱりさ、家より旅館の方が落ち着くから、そっち行きなよ! 送ってあげるし、お金も払うから!」
と、これまたすごい発言が。そこなら風呂も入れるし、1,000円で泊まれるからとのこと。布団を敷いていただくのも悪いだろうし、もう、甘え切ることにした。青森の人ヤバイな。
バイクは置いて、”私も入るから”と車で送っていただき辿り着いたのは『梅沢温泉』。
相馬さんが「先生―!」と呼ぶと、併設する民家から足がおぼつかない老婦人が出てきた。80歳超えという彼女は幼稚園の園長先生も兼ねているから”先生”であるとのこと。
「1,000円、たしかにいただきました」と笑顔で迎えてくれると、部屋と風呂の案内を…する前に、相馬さんがそれを追い越して慣れたそぶりでいろいろ説明してくれた。
「ここ…、本当に一人で使っていいんですか?」
「もちろんよ! 落ち着くでしょ。」
おいおい、部屋というより、建物一つまるごとじゃないか。8帖がある部屋が二つもあるぞ…。これで1,000円………? ネットじゃ絶対たどり着けないような場所だった。
風呂はマニア好みの薬湯とのことで、浴室は狭く、シャワーもなかったが、ただ一つだけある浴槽は”黒い湯の花”のおかげで黒く染まっており一見の価値があった。
源泉そのままという浴槽に足を突っ込むと…
「熱っ」
熱すぎる。とてもじゃないが、底まで足を入れられなかった。これは、那須の鹿の湯に匹敵するレベルなんじゃないか。
洗面器でお湯をすくい、体に浴びせる。それだけでも息が一瞬止まるほどの熱さだったが、ここ数日の疲れが飛ぶのはわかった。
「じゃあ、明日の朝迎えに来ますからー。」
と、相馬さんと別れると、もう何日ぶりかわからない畳の上に寝転がった。
古い建物だろうが、保守が行き届いてる…。天井や柱、障子の木々がキレイだ…。
明日は一日中雨、とのことで地獄を覚悟していたが、一転して天国に変わった。
「旅ってのは、面白いな…。動き回っているから、何にぶち当たるかわからない。何が起こるかわからない…。」
いや、これはひとえに相馬さんの厚意によるものだから、旅のお手柄みたいに言うのは失敬か。それでもやっぱり、旅をしていてよかったな。と思うのは、こんなときだ。