知らない琴線
「ほお、今月は鳴沢の湯かぁ…。」
2りんかんで無事オイル交換をしていただけたが、相も変わらず雨模様なので近くのスパ銭に避難。月替わりの温泉に、見知った”鳴沢”の文字があった。
そういえば、宮城は岩出山を出るとき、TMAX乗りのお兄さんに「鳴沢温泉オススメですよ!」っていろいろ教えてもらったのに、結局行かなかったな…。
北海道の旅程も見返してみれば、行けなかった場所は多い。
予定通りとはいえ道東には一歩も足を踏み入れていないし、何よりも雨。雨だ。思えば、美瑛あたりからずっと雨に降られ続けている気がする。
後悔といえば後悔だが、苦労したぶん変な思い出にはなった。”修行”と思えば納得できるだろう。
それでもやっぱり、最後くらいは。
7月3日
フェリー乗船は明日の朝。ここにきて、好天に恵まれた。今度は国道36を通る海側経由で、札幌から函館まで一気に下りる。
幹線道路を通れば、足元をエンジンが、上体を太陽が暖め、程よく強かな風が着物を揺らす。トラックたちのコンテナが光を反射して、青空にはときたま飛行機が顔を出す。
これは…、この日和はまるで……
「まるでツーリングだな。」
海沿いに出れば、それこそクレヨンで塗りたくったような、単純だが、純粋にきれいだと言える海が眺められ
山あいを走れば、見ているこちらまでエネルギーが漲りそうな、陽光を受けてめきめきと輝く山々が臨める。
「こんなにきれいだったのか…。」
後悔しないようにと、シールドを上げて、空の端から端まで、山々の隅から隅まで、波の消える刹那まで、目に焼き付けようと瞳を動かす。が、到底見切れるものではなかった。
国道5号に差し掛かる交差点。前は、ここをニセコに向けて走っていった。
信号待ちで、山へと向かう自分の残像が見えた気がする。
半周だが、ぐるっと回ってきたことになるんだなぁ。
達成感をじわじわと感じ始めると、この晴天はこの雨風の中戦ってきた私への、北海道からの祝福なのでは、と手前勝手に解釈できてきた。
再びまっすぐな国道5号を走っていると、ランダム再生のウォークマンから例のイージュー★ライダーが流れてきた。今度は奥田民生verだ。
「おっ良い時にかかってきたねぇ。」
思わず、一緒に歌い出す。
「何もないな、誰もいないな…快適なスピードで…」
「僕らは自由を…、僕らは青春を………」
と、サビの辺りで急に目の前に、雫が溜まってきたことに気付く。
「…あっ!?」
涙だ。いつの間にか、泣いている。
嘘だぁ。別に言葉にするほど、感動した名シーンやイベントなんかはなかったぞ。
でも、なぜだか下手な歌声は震えて余計下手くそになり、視界の下半分はもう、ゆがんでいた。
泣いた。
走りながら、なぜだかわからないまま。だが、気持ちよく泣いた。
多分きっと、これは体が泣いているんだろう。別に心では感動していないが、ここ約二週間、散々苦労した体が、”遂にやったぞ”って、持ち主の意に反して泣いているんだ。
胸がスッとした。きっとこれが、嬉し涙っていうんだろうな。人生で初めて流せた。
そりゃあ、ラベンダーも見ごろではなかったし。青い池も青天のもとではなかったし。宗谷岬ではずぶ濡れだったけど。
「…でも、それもこれもやっぱり。良い思い出。俺だけの、忘れたくない思い出だね。」
踵を返して、一礼する。
ありがとう、北海道。