追憶④
「昨日はいなかったけど、よろしくおねがいしまーす!」
主に食事を作ってくれるママの娘さんと、グラスをコツンとぶつけた。
その後、そのスナックへは度々通っていた。
スナックとはいえ、上の娘さんがいろいろな料理を作ってくれて、それがみんなおいしいし、お客さんに悪い人はいないし。居心地が良かった。
容赦してくれてるのか、少し飲むだけでも居させてくれるのも有難かった。いつもそんなにお金を落とせない自分には、さすがに情けなさは募るが。
そんな場があったおかげもあって、会社には通い続けられた。それでもやはり、続けていくことに疑念は残ったまま。
湘南や坂戸、宮城や山形まで。車や電車、ときに新幹線まで使って先輩と行く出張作業は楽しいっちゃ楽しかったが、やはりそんなことを続けていて、夢のためのお金は効率よく溜まるのか。この仕事は実になるのか。そして何より、オフィスに帰ったときに詰られるのがたまらなく嫌だった。
「しゅんは、やめたいって考えてるのかい?」
「…正直、やめたいとは思ってます…。」
ただ、次の就職先も決まってないので踏ん切りがつかない。というか、まだ就職して2ヶ月足らずなのに。いやそれはいいけど、また就職活動って…、キツい…。
そんな鬱屈とした想いが顔に出ているのか、気を使ってくれる声は多かった。
「まだ始めたばかりなんだからさ、もう少し様子を見てみてもいいんじゃない?」
「でも、本当にツラくなったら、やめていいんだよ。」
「上司と上手くつきあうのもコツだよね―」
「…!」「……!」
…
……。
そうしたいろんな助言をいただける中で、自分の中で答えが決まっていたことに気付く。
「やめちゃえ」って言われればスッとするし、「まだがんばれ」って思えばウッとする。それはつまり、やめたいってことだ。
そして、人は誰かに相談するときというのは大抵、意見よりも、ただ背を押す言葉が欲しいだけなのだな、と嫌なことにも気づいた…。
今でも忘れられない。
昼休み。再就職活動用に履歴書を会社でプリントアウトしていたところを、ちょうど戻ってきた例の上司に見られたあの瞬間を…。
帰宅後、その上司から電話が。
「やめるの?」
「…はい、やめようかと……。」
別に怒られなどはしなかったが、とんとん拍子で話が進んでしまい。
結局、次の働き口が見つからないまま、私は2ヶ月で、人生初めての会社を辞めることになったのであった。