風来記

侍モドキとバイクの放浪旅を綴ってます。

イージュー★ライダー

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雨雲の合間を見計らって、旭川を出る。

今日からは二日間ほどかけて、最北端の地・稚内を目指す。なるべく北へ北へと走れば、雨雲からは逃げられそうだ。

 

 

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札幌で旭川から北は走っていてもなんもないと聞いたが、本当に何もなかった。

何もない。

 

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ただ、まっすぐな道が視界を貫いているだけである。

 

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やはり天候が優れないからか、峠を越えると冷気で体が固まる。手がグリップに、脚がタンクにへばりついて、バイクと一体になったような感覚だった。

さすがに、冬用インナーと冬用グローブに換装する。

 

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途中、いくつかの町を過ぎる。士別、名寄、美深…。

それでも、基本何もないことに変わりはない。人、特に学生が見られたのは貴重だったが。

以前岩手でも同じことを思って戒めたが、例えばここにいる子供たちは何をして遊んでいるのだろうか? やっぱり自然で? それともゲームとか、カードゲームとか? やるとして、遊ぶ相手、ちゃんといるのだろうか?

 

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宮城とか岩手を縦断するときは「→〇〇」とかいう観光地案内の看板もあったのだが、ここにはほんとに、なにもない。誰もいない。

だが、そんな状態に心のどこかで安心している自分がいた。

これなら、どこにも寄る必要がないでしょ。

そんな自分を、慌てて叱る。

ダメダメ、ちゃんと深く見ていかないとダメでしょ。

と、マジメな自分が叱る。岩手でもあった感覚。

 

でも、今回はちょっと違った。反論する。

それって、本当に正しいことなのかな? 自分が素直に自然に、いいなぁって、楽しいなぁ気持ちいいなぁって思えることを無理やり抑えつけるのって、正しいことなのかな?

 

そもそも私は、各所を深く見なくてはいけない…と使命感を帯びるほど、マジメだったろうか…?

 

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…ああ、そうだ、わかった。なぜ自分が、別に勉強熱心でもないのに広い場所を深く見なくてはならないと思っていたか。

それは、それが私の憧れの旅人像だったからだ。

 

昔から見てきた映画やマンガとかの旅人は、みんなゆったりゆっくり、心に余裕をもって、いろんなとこを見て旅してた。

そんな人たちに憧れたから、いろんな場所を見なくちゃと思っていたんだ。

 

 

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雨に襲われてきた。雨雲レーダーに感がない場所でも、小雨は降るようだ。

 

 

でも、実際の私は、違った。

いろんな場所を見るより、ただこうして一本の道を、ひたすら走っている方が好きみたいだ、性に合うみたいだ。

そんな、理想との乖離に、今まで悩んでいたんだろう。

 

 

そこまで思考を巡らせたら、気が楽になった。

 

ああ、じゃあもう、いいじゃないか。

映り行く景色を、一瞬たりとも逃さずこの眼でとらえて、頭の中で道程を結んでいく…。

いけいけ! 行けるときはとにかく進め―!な、忙しない旅人でもいいじゃないか。それもカッコいいじゃないか。

だってそれが、自分なんだから。

 

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不思議と雨が、気にならなくなってきた。

 

そうだ、考えてみれば、いつもの日常だって、皆そうだ。

文系に憧れたのに、理系が得意だったり。運動で名を上げたかったのに、頭脳派だったり。主役よりも、脇役の方が輝けたり。

みんな、理想とのギャップを抱えている。だけどそのギャップに気付けないから、本来の自分に気付けず、そんな自分を好きになれないから、みんな悩み苦しむんじゃないだろうか。

 

 

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当然だ、普段の日常はいろんなことが複雑に絡まっていて、自分について考えることなんてそうそうできない。

だから、きっと、旅というのはそのためにあるのだろう。

 

絡まった余計な情報を全て片付けて、ただ自分と、目の前の世界だけを見つめられる状態にしてくれる。そして自分とは一体どんな自分なのかを、気付かせてくれる。今日の私のように。まさに自分探しの旅”というわけだ。

 

 

 

この旅のように、汗をかいて、涙を流して、笑って、動いて転がりまわって、そういった中で、自分を知る。

きっと、そういうのが青春っていうのだろう。そんな青春を、するべきなんだろう。

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