絶慶
6月25日
「美瑛かい、だったらね、富良野を通っていくといいよ。お花のきれいな富良野。」
「富良野ですね。フラワーの”ふら”の、とでも覚えておこう…。」
なんて宮城の梶井夫妻に教えてもらってから、何日経っただろうか。
やっとその富良野に来たというのに。
「なんだって私は、ついてないんだろな。」
『ファーム富田』にて。ラベンダーが最も見ごろの時期ではない…のは仕方ないのだが、文字通り生憎の曇り…どころか小雨である。
それでも、一帯を覆うラベンダーたちは背を伸ばし咲いていて、幾人かの園芸人たちもせっせと土を耕したりしていた。
また、屋内展示のドライフラワー展も見ごたえのあるものだった。
今日はこれから、北海道で一番行きたかったところへ行くのにな…。
ウェットになった路面に気を付けながら、道道353を通り美瑛へ至る。
ひとまず、道の駅びえい「白金ビルケ」へロケットⅢを停めた。
道の駅は前職でよく行ったキャンプイベント会場のような面持ちで、ノースフェイスの店舗などもあった。
ここから、東へ向かい歩き出す。徒歩でだ。
わかっちゃあいたが、目的地までの道は果てしなく見える。また、およそ2㎞ほどらしい。
御覧の通りバイクでも行けるのだが、先日チラッとグーグルマップで見たら駐車場が砂利っぽかったので。安全策を取る意味もあるし、時間もあるので我が足で進む。
歩けど歩けど似たような景色。これはニセコの時と違って辛いかもしれん。
ただ、幸い景色は右に深緑、左にうぐいす色と美しく整っているので、歩く価値はあった。
雨足が少し強くなり、羽織に水玉が付きだす。よくわからん羽虫が周りを飛び交い、鬱陶しい。
…まったくよく考えれば、バカみたいだ。
仮に砂利の駐車場でも、これだけ広い道路だ。Uターンなど余裕だろうに。
時間の無駄、体力の無駄、無駄無駄…。
それでも、足を止められない私がいた。
別段大げさな理由なんてないが、この苦労をしておけば、後々困難があってもこれを思い出して乗り切れるだろう、と思っているからだ。
今までだって、そうしてきた。到底終わりそうもない量のレポートも、尋常じゃないノルマの原稿も、極寒の日の立ち仕事も…。
そうだ、あの頃を思い出せば、こんなもの屁でもない。それに、前にも言っただろう。苦労してたどり着いた方が、慶びは大きい。是旅人の特権だと。
やがて駐車場が見えてきて、アスファルトに舗装されていて多少がガッカリしたが、「二輪車100円」との文字を見てガッツポーズを取り。
順路看板に沿って歩いていくと、見えてきた。そうだ、これが。
これが、私が北海道で最も見たかった景色だ。
白金青い池。
上流の温泉地区で湧き出たアルミニウムと河川の水とでできたコロイドが、太陽光の青い波長を散乱させ、青く輝いて見える…、いや、青く輝く神秘の池。
思わず、ため息交じりに言ってしまった。
「……美しすぎる…。」
本当に、光を放っているんじゃないかと思うような明るさの中、時が止まったように佇む枯れ木と水面。その静寂不動の空間を、ただ雨粒だけが小さな波紋で動かしている。
てっきり海と同じで晴れじゃないと青く見えないのかとおもったが、そんなことはなかった。周りの木々が雨でも緑に見えるのと同じで、陽の光がわずかでもあれば。しっかりとコロイドは、青い光を放っているのだ。だから、青く”見える”のではない。青いのだ。
正直、道筋をしっかりと立てて来ているのだから、当たり前のように辿り着けるとは思っていた。思っていたのだが…。
思えば雑誌編集部時代、北海道について調べていた際に見つけた青い池の画像を見て”いつか行きたい”と思い。やがて、北海道といえば青い池だと思い始め。
いよいよ日本制覇旅が決まった際には、絶対に行ってやると心に決め。
それが、ようやく、今目の前にあると思うと。
心が、いや身体が、震えた。
瞼も震え、目が少し、潤む。
周りでは老夫婦やカップルなどが嬌声を上げているが、ごめん。正直言わせてもらおう。
俺が、一番、感動している………!